写真怪談

写真怪談

横断歩道の残像

夜の高架下を、一台の自転車が横切った。ただそれだけだったはずなのに、通り過ぎた場所には、道路にも、人間にも、少しずつ「足りないもの」が残されていった。
晩酌怪談

店を出たあとの壁

飲みすぎた夜、確かに店を出た。酔いを醒まそうと振り返った、その数秒だけがどうしても説明できない。
写真怪談

流してから出てください

男子トイレの個室に座ると、真正面に「終わったら流して下さい。」という貼り紙がある。何の変哲もない注意書きだった。裏側に、別の文字が見つかるまでは。
写真怪談

欄干に分かれる人

駅前の歩道橋には、手すり越しにしか見えないものがある――しかも、見るたびに少しずつこちら側へ近づいてくる。
晩酌怪談

鹿肉の勘定

仕事帰りに入った居酒屋で、鹿肉のソーセージをつまみながら瓶ビールを飲んでいた。皿の上には四本あった。それだけは、よく覚えている。
写真怪談

内側に上がる花火

夜空の花火を見上げていた出店の女性。そのころ白いテントでは、誰も見ていない「内側」に、もう一つの花火が上がり始めていた。
写真怪談

水面より上の泥

池の水は増えていない。それなのに、清掃を始めた作業員たちの周囲では、「水際」だけが少しずつ高くなっていきました。
写真怪談

消火栓の乾いた輪

雨上がりの夜、赤い消火栓の周囲だけが乾いている。その円の中へ入った作業員は、自分の身体から何が失われているのかを知ることになる。
写真怪談

二重ガラスの人影

お盆明けの空港。駐車場から見上げたガラス張りの連絡通路には、歩いている人数とどうしても合わない人影がひとつありました。
写真怪談

笑顔を抜いた手

青空の下、笑顔に加工されたひまわり。抜き取ったはずの種は、いったいどこへ行ったのでしょう。
写真怪談

通過待ちの荷重

雨の日だけ壊れる、八番乗り場のベンチ。座っているのは一人なのに、金属には何人分もの「重さ」が掛かっていました。
写真怪談

同行者の重さ

食事を終えた旅行者が立ち上がったとき、さっきまで片手で引いていたキャリーケースは、二人がかりでも床から離れなくなっていました。
写真怪談

零番回線

繁華街の古い雑居ビルへ、とうに切れたはずの一本の回線が、今も夜ごと「呼出し」を送り続けている。
晩酌怪談

手前だけぼやける

休日の昼、バイスハイボールの向こうで手前の焼きそばだけがどうしても焦点を結ばず、その何気ない「ぶれ」は店を出たあとも消えてくれなかった。
写真怪談

二秒先の寝返り

電車の揺れより二秒早く身体を傾ける、顔を伏せた女。その寝姿を見続けた乗客の日常に、奇妙な「遅れ」が入り込み始める。
写真怪談

家ではない側

廃屋だと思っていた建物を反対側から見たとき、そこには玄関も窓も、人の暮らしもあった――だが、その家には「人が物に見える側」が存在していた。
写真怪談

家のほうから

帰る家を失った母子が、八月十五日の夕方に嗅いだ懐かしい匂い。帰省とは、本当はどちらが帰ってくることなのでしょう。
写真怪談

未退勤の箸

残業を終えて自宅で食べた、塩焼きそばと一枚のソースカツ。黒い箸を持ち上げた瞬間、退勤したはずの夜が再び記録され始めた。