時のひずみ

時の流れがわずかに狂うだけで、見慣れた景色も異様なものへと変わります。

過去と現在、あるいは未来の境界にひそむ異変を描いた怪談を集めています。

写真怪談

水位線

寺町の奥で守られてきた、小さな湧水の池。古い管理人たちは、九月一日だけ「昼を過ぎるまで岸に触るな」と言い残していた。震災のあとに移ってきた寺と、池が毎年測り直しているものとは――。
ウラシリ怪談

二億回の向こう側の椅子

九十四歳の祖母と孫が、十年かけて残してきた何気ない日常。二億回を超えて見られたその映像の片隅で、“まだ会っていない誰か”の椅子だけが、少しずつ近づいていました。
ウラシリ怪談

西へ二十キロの片づけ

西へ進む台風の夜、空になった実家では、片づけたものが東の部屋から順番に元の場所へ戻り始めました。
写真怪談

二秒先の寝返り

電車の揺れより二秒早く身体を傾ける、顔を伏せた女。その寝姿を見続けた乗客の日常に、奇妙な「遅れ」が入り込み始める。
写真怪談

折り返しの内側

四階建ての吹き抜けで、誰もいない階段の照明が一周する。その夜から、住人たちの玄関は「別の踊り場」に現れ始めた。
ウラシリ怪談

十三歳の外側

十二歳までは、子どもだけで入れる広場。けれど閉場前、柵の内側には、とうに大人になった父親の「十二歳」が残っていました。
写真怪談

卒業する短冊

七夕飾りに吊るされた願いごとは、いつから“叶ったあと”の言葉に変わっていたのか。
写真怪談

空を塞ぐ環

頭上を巻く高速道路の下で、橋脚の影だけが輪になって縮みはじめる。
写真怪談

毎咳後の薬

風邪薬は、飲む前から一つずつ「服用済み」になっていく。来週の出張まで、先に処方されてしまった男の話。
写真怪談

半額の重さ

閉店間際のスーパーで貼られる半額シールは、何を半分にしているのか。
ウラシリ怪談

三時間以内の線

避難所の床に、まだ来ていないはずの水位だけが先に残っていたそうです。
ウラシリ怪談

配布床

津波ではない水が、避難所の床下から名簿を濡らしていく――揺れのあとに増えた空欄は、誰のためのものだったのでしょう。
写真怪談

赤信号の分岐

雨に濡れた線路の奥で、赤信号がひとつ多く映っている――それは、存在しない分岐へ出発を待つものの灯りだった。
写真怪談

門のない郭

かつて塀と堀に囲われた旧遊郭の大門跡。今は何もないはずの街角に、古い絵葉書の“印刷の粒”だけが戻ってくる。
写真怪談

三十三人目の客

土日だけ開く人気つけ麺店。その朝、列の人数だけが何度数えても合わなかった――。
写真怪談

握り返す継ぎ目

遅延した満員電車で、連結部分の手すりだけが、人の手の温度を覚えていた。
ウラシリ怪談

1995の空席

金利を決めるはずの会議室で、誰のものでもない椅子だけが、先に着席を待っていたそうです。
ウラシリ怪談

六万軒目の搭乗口

欠航の空港で配られた整理券、その六万枚目だけが、どこにも飛ばない搭乗口を示していたそうです。