時のひずみ

時の流れがわずかに狂うだけで、見慣れた景色も異様なものへと変わります。

過去と現在、あるいは未来の境界にひそむ異変を描いた怪談を集めています。

写真怪談

針金の四拍

閉館後の音楽ホールで、針金のオーケストラだけが、誰かの帰りを四拍で見送っていた。
写真怪談

空の裏の息

友人たちの笑い声を背にトイレへ向かった夜、見上げた雲は、空ではなく何かの内側だった。
写真怪談

下り道の印

坂を下りきったはずなのに、家だけが町から消えている。壁に残った白い数字は、誰の住所を数えているのか。
写真怪談

出発済の信号

赤信号が点いたのは、列車を止めるためではなく、すでに出発してしまった何かを記録するためだったのかもしれません。
ウラシリ怪談

一皿目の客

国を結ぶはずの夕食会で、招かれていない一皿だけが、次の故郷を待っていたそうです。
写真怪談

七日目の鯉

子供の日を過ぎても神社に残された鯉のぼり――それは、少し遅れてやってくる子を待つためのものでした。
ウラシリ怪談

九条だけが折れている

5万人が去ったあとの広場で、清掃員が見つけたのは、地面の下に折りたたまれていた“第九条”でした。
ウラシリ怪談

十四時の車間

五月五日の上り線、十四時ちょうどに止まった車列で、ある一家は“自分たちの後続車”を見てしまったそうです。
ウラシリ怪談

除かれた朝の便

連休終盤の朝、満席のはずの便にだけ残っていた「除」の席――そこに乗った人たちは、見送られる側ではなかったのかもしれません。
ウラシリ怪談

しょうぶの冠がほどける昼

こどもの日に入るしょうぶ湯。頭に巻けば温まるというその葉が、昼の湯気の中で、別の時代へほどけていきます。
写真怪談

二十時五十六分の隙間

午後8時56分、ホームの時計だけが知っている三分間。電光掲示板が20:59を示したとき、足元の黄色い点字ブロックに残っていたものは――。
写真怪談

定時の遊具

毎日同じ時間、同じ遊具に座って中国語で電話をかける男。近所では見慣れた光景だったはずなのに、誰もいない日にだけ“通話の続き”が始まりました。
晩酌怪談

夜勘定

昼の一杯のはずだったのに、伝票にはまだ来ていないはずの「今夜の自分」の会計が先に印字されていた。
ウラシリ怪談

所在欄の泥

場所の詳細が空白のまま残された古い発掘記録は、再発見されたあとでようやく“書き足された”そうです。
ウラシリ怪談

到着予定

延期されたはずの月計画で、まだ使われていない予定欄だけが先に社内を歩き始めたそうです。
写真怪談

踊り場の白線

夜の白い階段には、見えている十一段のほかに、どうしても数に入らない「余った一段」がある。踏むたびに失くすのは、足場ではなく時間のほうだった。
写真怪談

渡りきるまで

夜の細い路地で、疲れた人たちを待つように青が少しだけ長くなる交差点がある。最後のひとりが渡りきるまで赤に戻らないその理由を知ったのは、息子が空の角へ小さく会釈した夜だった。
写真怪談

進入禁刻

藪に埋もれた「進入禁止」の時間だけが、毎日こちらへ寄ってくる。