同行者の重さ

写真怪談

夕方の空港は、出発便が重なるとフードコートから先に混み始める。天井から吊られた丸い照明の下に旅行者が集まり、テーブルの脇には黒や銀、黄色のキャリーケースが並ぶ。食事を終えた人が席を立つたび、空いた椅子へ次の客が滑り込んでくる。

その日、施設管理の作業員が呼ばれたのは、そんな混雑の最中だった。清掃担当から、「お客さんの荷物が床から動かない」と連絡が入ったという。

問題の荷物は、黄色い小型のキャリーケースだった。持ち主の女性は搭乗まで一時間ほどあり、一人で食事をしていた。ここへ来るまでは片手で普通に引いていたのに、席を立とうとしたところ、急に動かなくなったらしい。

作業員は最初、車輪が床材の継ぎ目に噛んだのだと思った。ところが四つのキャスターはすべて自由に回った。ケースの下にも紐や金具はない。それでも取っ手を持ち上げると、腕がほとんど上がらなかった。

もう一人を呼び、二人で持ち上げた。ようやく床から離れた瞬間、女性が小さく声を上げた。

キャリーケースの下に、四つの丸い窪みができていた。

木目調の硬い床材が、キャスターの形に数ミリ沈んでいた。重い機材を長期間置いていたような跡だったが、女性がそこにいたのは二十分ほどにすぎない。しかも隣のテーブルでは、もっと大きなスーツケースが同じ床の上に何台も置かれていた。

混雑した場所で放置するわけにもいかず、ケースはいったん手荷物対応の区画へ運ばれた。平台の計量器へ載せると、表示は五十八・七キロになった。

女性は笑わなかった。中には着替えと化粧品、充電器、土産物が少し入っているだけだという。実際に開けて全部取り出すと、中身を合わせても七キロに満たなかった。

空になったケースを、もう一度計量器へ載せた。

五十二・一キロあった。

係員が内張りを外せる範囲まで確認したが、二重底も異物も見つからなかった。硬い樹脂製の外殻は薄く、底を手で叩けば空洞らしい軽い音が返ってくる。それなのに持ち上げようとすると、人間一人を抱えるような重さが両腕へ掛かった。

さらに奇妙だったのは、ケースを横倒しにした時だった。

計量器の数字が、五十二・一から四十八・六へ落ち、そこで止まった。数秒すると四十九・三、五十・八と少しずつ増え、最後には再び五十二・一へ戻った。中で何か重いものがゆっくり姿勢を変え、底へ落ち着いたような数字の動きだった。

ケースを開けても、中は空だった。

女性の搭乗時刻が迫っていた。航空会社へ事情を説明し、本人は必要な物だけ手荷物袋へ移した。黄色いケースについては、そのまま空港側で預かってほしいと頼んだという。

女性が立ち去る直前、作業員はケースの蓋を閉じようとした。内側の黒い布地に、それまでなかった皺ができていることに気づいた。

底から側面へ向かって、布が二か所だけ強く引っ張られていた。丸みを帯びた縦長の窪みが左右に並び、その上にも浅い凹みが二つある。係員の一人が、「座ってるみたいだな」と口にしかけ、途中で黙った。

誰も、それ以上形について話さなかった。

ケースは遺失物の保管区画へ移された。念のためもう一度量ると、六十一・四キロになっていた。

中身は戻していない。

女性が去ってから三十分ほどの間に、九キロ以上増えていたことになる。計量器を替えても数字はほぼ同じだった。

夜になり、フードコートの客が減り始めたころ、最初に呼び出した清掃担当が管理室へやって来た。例のテーブルの床を見てほしいと言った。

黄色いケースが置かれていた四つの窪みは残っていた。だが、その横にもう四つ、新しい窪みができていた。

そこには別の旅行者が黒いキャリーケースを置いていたという。ただ、その客はすでに食事を終えて出発ロビーへ向かっており、荷物も一緒に持っていった。清掃担当はケースを持ち上げる場面を見ていたが、特に重そうな様子はなかった。

作業員が指で窪みをなぞると、床材は割れていなかった。表面の木目も途切れていない。柔らかい粘土へ車輪を押しつけたように、形だけが沈んでいる。

その夜、黄色いケースは施錠した保管室に置かれた。

深夜の巡回中、警備員が中から小さな音を聞いたという。ごろ、と一度だけ、キャスターが床を転がる音だった。

保管室を開けても、ケースの位置は変わっていなかった。ただ四輪あるキャスターのうち、前側の二つだけが扉の方向へ揃って向いていた。

翌朝、作業員が計量器へ載せると、ケースは四・三キロになっていた。

前日までの重さは完全に消えていた。内側の布にできていた窪みもほとんど戻っている。持ち上げれば、空の小型ケースらしい軽さだった。

作業員は念のためフードコートへ向かった。

朝の営業が始まったばかりで、まだ席には余裕があった。前日のテーブルの横には、床の窪みが八つ残っている。

そして少し離れた別のテーブルで、旅行者が黒いキャリーケースの取っ手を両手で引いていた。

動かないらしかった。

近くの店員も手伝ったが、ケースは床から浮かなかった。四つの小さな車輪の周囲では、木目調の床がゆっくり沈み始めていたという。

その後、施設側は何度か床材を交換した。荷重試験では異常がなく、大型の荷物を置いても同じ窪みはできなかった。

それでも混雑する時期になると、フードコートのどこかに四つの丸い跡が増える。

必ずテーブルの脇だった。

そして跡ができた日の遺失物記録には、ときどき同じ内容の申告が残るという。

「食事をする前までは、普通に持てた」

今では事情を知る一部の作業員だけが、混雑したフードコートを巡回するとき、客の顔ではなくキャリーケースの足元を見る。

四つの車輪が、ほんの少し床へ沈んでいないか。

もし沈んでいれば、その荷物には触れない。

持ち主が席を立つまで待つ。

なぜなら以前、重くなったケースを無理に持ち上げた作業員が、手の中に残った感触について、こう話したことがあるからだ。

重かったのではない。

持ち上げられるのを嫌がって、下から誰かが体重をかけ直した。

――そういう感触だった、と。

今もそのフードコートでは、旅行者たちが荷物を椅子の横へ置いて食事をしている。

床に残る丸い窪みの多くは、次のキャリーケースがちょうどその上へ置かれるため、混雑している間はほとんど見えない。

この怪談は、実際の写真から着想を得て構成されたフィクションです。

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