存在のゆらぎ

人や物の存在そのものが曖昧に揺らぐ時、日常は知らぬ間に別の層へと滑っていきます。

ここでは、確かにあったはずのものが、確かめられぬものへ変わる怪談を収録しています。

写真怪談

赤で空く車線

昼の交差点、赤信号のたびに「バス専用」の車線だけが、誰も乗らないはずの扉を開けていた。
写真怪談

梢の首数

昼の公園で、梢を撮っていた男性。シャッター音は、いつからか木の上から返ってくるようになっていた。
ウラシリ怪談

九条だけが折れている

5万人が去ったあとの広場で、清掃員が見つけたのは、地面の下に折りたたまれていた“第九条”でした。
写真怪談

黒壁のぬるさ

自販機の冷たい光に挟まれた黒い壁だけが、夜ごとに人肌のぬるさを帯びていく――。
写真怪談

水面の継ぎ目

昼の高架下、水面にだけ実在しない階層が映る――その継ぎ目を見てしまった者に残る、黒い指の痕跡。
写真怪談

赤い支柱の借家

夕方の路地に立つ小さな巣箱は、鳥ではなく、部屋から抜け落ちた“居た感じ”を少しずつ借りていた。
写真怪談

下から乾く階段

夜明け前、誰も使わない外階段だけが、下から一段ずつ乾いていく。
写真怪談

曲がり道の縫い目

夜の曲がり道に並ぶ白い道路標示は、ただのペンキではなかったのかもしれない。
写真怪談

空表示の下

高架下の歩道で、緑の「空」表示だけが、夜ごと違うものの空きを数えていた。
ウラシリ怪談

除かれた朝の便

連休終盤の朝、満席のはずの便にだけ残っていた「除」の席――そこに乗った人たちは、見送られる側ではなかったのかもしれません。
ウラシリ怪談

二十四番目のおまとめ便

「明日行ける」と印刷された連休の案内。その紙にだけ、二十四番目の投票先が紛れていました。
ウラシリ怪談

しょうぶの冠がほどける昼

こどもの日に入るしょうぶ湯。頭に巻けば温まるというその葉が、昼の湯気の中で、別の時代へほどけていきます。
写真怪談

積二トンの夜

夜の商店街で、何も載せていないはずの道だけが、少しずつ重くなっていく。
写真怪談

葉を噛む木面

葉に隠れた木彫りの口元だけが、毎朝少しずつ濡れていた――古い店先に残る、噛み跡の怪談です。
ウラシリ怪談

三つ目のしおり

三つ集めるだけの、普通のスタンプラリーでした。けれど二つ目の印だけは、誰も押していなかったそうです。
写真怪談

歩幅の返却口

横断歩道へ出るだけの短い隙間で、消えた一歩はどこへ返されるのか。
写真怪談

木像の息継ぎ

窓を塞がれた古美術商の小さなショーケースは、深夜になると町の音を一息ずつ吸いはじめる。
写真怪談

二十時五十六分の隙間

午後8時56分、ホームの時計だけが知っている三分間。電光掲示板が20:59を示したとき、足元の黄色い点字ブロックに残っていたものは――。