存在のゆらぎ

人や物の存在そのものが曖昧に揺らぐ時、日常は知らぬ間に別の層へと滑っていきます。

ここでは、確かにあったはずのものが、確かめられぬものへ変わる怪談を収録しています。

写真怪談

空いている車線を走ってはいけない

センターラインを挟んで二車線と三車線に分かれた夜の幹線道路——なぜか市内行きの「歩道寄りの車線」だけ、どれだけ混んでいても一本分まるごと誰も並ばない。その理由を先輩に教えてもらう前に、俺は信号待ちの列の中で、その車線を歩いてくる“何か”を見てしまった。
写真怪談

高架下にゆらぐ影

高架が幾重にも重なる川沿いの工事現場で、水面にだけ現れる「作業員」を見てしまった会社員は、自分の立っている場所さえ信じられなくなっていく──。
写真怪談

山門の真ん中を歩くな

秋になると、誰も寺の山門の真ん中をくぐらない――分厚い銀杏の落ち葉の布団の下には、今もひとり分の重さが眠っているからだという。
写真怪談

踏切の向こう側にいる子どもたち

踏切の向こうには、ちゃんと道路が続いている――そう知っているはずなのに、電車の窓に並んだ子どもの顔を見てしまうと、その先に「別の駅」がある気がしてならなくなるのです。
写真怪談

青い街灯の足跡

残業帰りの冬の夜、あの青白い街灯の下を通るときだけ、どうしてか足もとを見るのが妙に怖い。
写真怪談

水面の境界を釣る人

湾岸の物流センターの裏手、木のそばにいつも同じ釣り人が立っている──そう気づいた日から、海の上に一本だけ“揺れない線”が見えるようになった。そこからゆっくり手繰り寄せられていたのは、魚ではなく、誰かの立つ場所だったのかもしれない。
写真怪談

満開の通路に立つ人

商店街の片隅にある小さな花屋。その通路の真ん中だけは、夜七時を過ぎると「空いていてはいけない場所」になるらしい──。
写真怪談

夕暮れに腕を上げる木

夕焼け空を背に「万歳」する木は、境界を守る目印のはずだった──腕の数さえ数えなければ。
ウラシリ怪談

六十四・九パーセントの感情

六十四・九パーセントだけが「共有できる」と答えた世界で、残りの感情はいったいどこへ行ったのか──その行き先を追いかけた記録が、静かに一行だけ増え続けているようです…
写真怪談

分解図にない部品

分解図に載っていない部品が、遺影を修整するたび一つずつ増えていく──エアブラシを洗うトレイの上で、消したはずの「誰か」が、ゆっくりと呼吸を始めた。
写真怪談

余計な一人

オフィスの窓から見える非常階段には、いつも「一人余計な人」がいる──折り返しから降りきるところを、誰も見たことがないまま。
写真怪談

緑の網の下で眠るもの

住宅街の片隅、いつもゴミがひとつも置かれない緑の網と、四本のペットボトルだけが並ぶ集積所があった──その数が「五本」になった日から、私は遠回りをするようになった。
写真怪談

通過するだけのタクシー

誰もいないはずの深夜の交差点を、毎晩決まって猛スピードで通過する黒いタクシー──ピンぼけ写真の窓に張りついた“その指”が、自分の手と同じ形をしていると気づいた瞬間から、逃げ場はなくなりました。
ウラシリ怪談

二十四個目のボタン

11月22日を「ボタンの日」として祝う、ある会社のウェブ記事には、社員が決して口にしない“数え方”が隠れているそうです…
写真怪談

対岸の点呼

対岸の窓が人数を数え始めたとき、足元の水が階段になった。最後のひとつにされる前に、私は段を崩した——。
写真怪談

頭上に残された一段

空で終わる階段の“最後の一段”が、頭の上に降りてくる。足音は一度だけ——そして、何かを忘れる。
写真怪談

三角の番人

積み上がる三角コーンは、数が揃ったときだけ「通行止め」以外の意味を持つ。夕暮れの詰所の窓で、反射帯が一本、息をしていた。
写真怪談

穴番の夕暮れ

夕暮れの公園で、数えきれない「穴」がゆっくりと目になった――余ったひとつは、今もあなたを探している。