存在のゆらぎ

人や物の存在そのものが曖昧に揺らぐ時、日常は知らぬ間に別の層へと滑っていきます。

ここでは、確かにあったはずのものが、確かめられぬものへ変わる怪談を収録しています。

写真怪談

奉納の重さ

弁天様の社へ続く入口で、「奉納」と刻まれた古い石灯籠の中に、濡れた硬貨が一枚ずつ増えていく。蜘蛛の巣は、一度も破れていなかった。
ウラシリ怪談

まだ誰も乗っていないエスカレーター

まだ誰も乗っていないはずのエスカレーター。その新品の手すりには、二人の手が何度も触れたような跡が残されていました。新しい改札の開通を待つ駅のホームで、誰かが一足先に歩き始めているのでしょうか……。
写真怪談

開通前のすれ違い

まだ開いていない改札へ続く、ホームの端のエスカレーター。その前では、ときどき誰もいない相手に道を譲ってしまう人がいた。姿は見えない。それでも、誰かが確かに通り過ぎていくという。
ウラシリ怪談

木守り柿の夜

秋の夜、甘くした柿を一つだけ山の古木へ返す習わし。その柿は、鳥のために残されているのではないそうです。
写真怪談

頭上注意の空白

何もないはずの頭上に、なぜ「注意」が必要なのか。住宅街の細い路地で、人々がいつの間にか身につけていた、小さな習慣の話です。
ウラシリ怪談

宛先のない約束

住宅街の分かれ道に立つ、赤い郵便ポストとカーブミラー。撤去が決まったそのポストには、宛名も切手もない手紙が残されていました。そして、誰もいないはずの交差点の鏡には、あるはずのない懐かしい光景が映り始めます。届かなかった約束をめぐる、静かで不思議な現代怪談。
写真怪談

ポストの後ろの家

川沿いの遊歩道と細い路地。その境目に立つ赤いポストの後ろには、普段なら家一軒が入る余地などない。けれど、川と光と郵便物の条件が揃った午後だけ、そこには古い玄関が現れるという。
ウラシリ怪談

隣を走る、もうひとり

体育の日、無料開放された体育館で、走るのが苦手な少年の隣から、もうひとり分の足音が聞こえ始めました。誰もいないはずの場所で、その足音は少年と一緒に、少しずつ速くなっていったそうです……。
写真怪談

十五段目の錆

十四段だったはずの錆びた外階段は、解体を待つあいだ、一段ずつ長くなっていった。
写真怪談

同じ手袋が二つ

共有畑の支柱に残されていた、使い古した手袋。持ち主はすぐに見つかった――ただし、その人の鞄の中にも、まったく同じ手袋が入っていた。
写真怪談

三人乗りの空洞

雨上がりの公園で、三人乗りの赤い遊具に触れた作業員は、硬い座面の下から妙な力を感じた。壊れているようには見えない。けれど撤去して調べると、その異常は外からは決して触れられない場所に残っていた。
写真怪談

歩道の裏の足跡

祭りが終わり、人影の消えた雨の歩道。それでも黄色い道の上では、巡回する二人のあとを、もう一組の「足」が歩き続けていた。
ウラシリ怪談

青い葉だけが、乾かなかった

亡くなった奏者を偲ぶ、二日間だけの祭りの追悼ブース。誰も持ち込んでいないはずの青い葉だけが、最後まで乾かなかったそうです。
写真怪談

立枯れの人

夜のマンション公園で、木に顔を寄せるように立っていた人。近づけば消え、先を見ると、また別の木の脇に立っている。やがて管理札には、健康な木にはあるはずのない文字が現れ始めた。
写真怪談

内側から結ばれた袋

祭りの一日目が終わった駅前で、片づけるはずだったのは、食べ残しと容器だけだった。
ウラシリ怪談

ガラスの中のごほうび

靴のにおいを追った犬が立ち止まったのは、探している人がいた場所ではなく、三脚の青い椅子だけが残る、誰もいないガラス張りの事務所でした。
写真怪談

空室のメーター

電気の流れる先は、もう存在しない。それでも夜になると、一台だけのメーターが、かつてそこに住んでいた人の生活を繰り返していた。
写真怪談

香炉に残る重さ

都心の廟で、黒い香炉の下だけに残る「重さ」を、誰も説明できなかった。