存在のゆらぎ

人や物の存在そのものが曖昧に揺らぐ時、日常は知らぬ間に別の層へと滑っていきます。

ここでは、確かにあったはずのものが、確かめられぬものへ変わる怪談を収録しています。

写真怪談

軒下の先客

朝の開店準備中、まだ暖簾も出ていない店先に、“最初の客”の痕跡だけが残っていた。
写真怪談

針金の四拍

閉館後の音楽ホールで、針金のオーケストラだけが、誰かの帰りを四拍で見送っていた。
写真怪談

裏葉の橋

新緑に包まれた白い橋。その下で、葉は裏返り、石は誰も渡らない橋を作り始める。
写真怪談

空の裏の息

友人たちの笑い声を背にトイレへ向かった夜、見上げた雲は、空ではなく何かの内側だった。
写真怪談

色のない川

夜の高架下、色を失った川面にだけ、現実にはいない後ろ姿が映っていた。
写真怪談

三番の声だまり

試合後の群衆が駅へ押し寄せる高架下で、まだ誰も叫んでいないはずの歓声だけが、頭上から先に落ちてくる。
写真怪談

橋裏の水位札

橋の下に貼られた小さな水位札は、ただの管理表示ではありませんでした。水面に残る線と、写らないはずの足跡が、少しずつこちら岸へ近づいてきます。
晩酌怪談

釣り銭口の出口

飲み終えた夜、出口の階段を降りるたび、自販機の釣り銭口で硬貨が増えていく。
写真怪談

白い柵の空白

白い非常階段を見上げたとき、そこにいたのは人影ではなく、人が抜き取られたような“空白”だった。
写真怪談

九時の同じ首

朝九時の駅で、誰もが同じ角度でスマートフォンを見ている──その列にだけ、人数よりひとつ多い痕跡が残っていた。
晩酌怪談

菊が焼けるまで

焼き鳥を待つあいだ、マグロブツに添えられた小さな菊だけが、焼き場の方を向きはじめた。
写真怪談

黄色い戻り道

雨の日の駅出口にある黄色い点字ブロックは、人を導くためではなく、誰かを戻すために濡れていたのかもしれません。
写真怪談

庇の下の四人目

昼休みを外した路地裏の人気店。たった三人の行列の前に、誰も立っていないはずの“順番”がありました。
写真怪談

白い配管の吸い跡

昼の外壁に這う白い配管は、排水ではなく、街の何かを静かに吸い上げていた。
写真怪談

裏口の白い湯

洗い終えたはずの鍋の底に、白いものだけが戻ってくる――裏口に残された輪の正体とは。
ウラシリ怪談

八十一枚目の余白

八十点のはずの展示室で、数に入らない一枚だけが、壁の内側から刷られていたそうです。
ウラシリ怪談

一皿目の客

国を結ぶはずの夕食会で、招かれていない一皿だけが、次の故郷を待っていたそうです。
写真怪談

金網の底

山中の高架下で見上げた金網には、上から落ちたのではないものが引っかかっていた。