日常の崩れ

日々の営みは、わずかな綻びから静かに崩れはじめます。

平凡な記録や場面の中で起きる異変が、いつの間にか取り返しのつかない歪みを生んでいくのかもしれません……。

写真怪談

袋に捨てた音

夜の公園で、分別箱の前に置かれた二つの白い袋には、重さでは説明できない妙な「静けさ」がまとわりついていた。
写真怪談

乗る前の白い息

空港行きのバスを待つだけの夕方、乗り場の係員は、気温では説明できない「白さ」に気づいた。
写真怪談

カーテンを引く音

亡くなった住人の部屋から、毎晩聞こえるカーテンを引く音。けれどそのカーテンは固定され、やがてレールごと取り外された。それでも午前二時十三分になると、何もない窓は右端から少しずつ暗くなっていく。
写真怪談

逆回りのペダル

誰もいない二階の駐輪場で、精算を終えるたび、停められた自転車のペダルが一台ずつ後ろへ回る。車輪は、どれも動いていない。
写真怪談

横断歩道の残像

夜の高架下を、一台の自転車が横切った。ただそれだけだったはずなのに、通り過ぎた場所には、道路にも、人間にも、少しずつ「足りないもの」が残されていった。
晩酌怪談

店を出たあとの壁

飲みすぎた夜、確かに店を出た。酔いを醒まそうと振り返った、その数秒だけがどうしても説明できない。
写真怪談

流してから出てください

男子トイレの個室に座ると、真正面に「終わったら流して下さい。」という貼り紙がある。何の変哲もない注意書きだった。裏側に、別の文字が見つかるまでは。
写真怪談

欄干に分かれる人

駅前の歩道橋には、手すり越しにしか見えないものがある――しかも、見るたびに少しずつこちら側へ近づいてくる。
ウラシリ怪談

上を歩いて帰る人

豪雨の夜も走り続けた、地上から吊られた列車。終電を延長したその車内では、なぜか天井にだけ「帰る人」の足跡が残っていたそうです。
晩酌怪談

鹿肉の勘定

仕事帰りに入った居酒屋で、鹿肉のソーセージをつまみながら瓶ビールを飲んでいた。皿の上には四本あった。それだけは、よく覚えている。
写真怪談

水面より上の泥

池の水は増えていない。それなのに、清掃を始めた作業員たちの周囲では、「水際」だけが少しずつ高くなっていきました。
写真怪談

消火栓の乾いた輪

雨上がりの夜、赤い消火栓の周囲だけが乾いている。その円の中へ入った作業員は、自分の身体から何が失われているのかを知ることになる。
写真怪談

笑顔を抜いた手

青空の下、笑顔に加工されたひまわり。抜き取ったはずの種は、いったいどこへ行ったのでしょう。
写真怪談

通過待ちの荷重

雨の日だけ壊れる、八番乗り場のベンチ。座っているのは一人なのに、金属には何人分もの「重さ」が掛かっていました。
写真怪談

同行者の重さ

食事を終えた旅行者が立ち上がったとき、さっきまで片手で引いていたキャリーケースは、二人がかりでも床から離れなくなっていました。
ウラシリ怪談

一世帯に一度の灯り

新しい照明へ替えた老人の家では、毎日午後五時十五分になると、もう捨てたはずの灯りが食卓だけを照らしたそうです。
ウラシリ怪談

風のない避難所で

風の入らない避難所で、誰も触れていない洗濯ばさみが二度だけ鳴りました。亡くなった祖母には、台風の夜に必ずしていたことがあったそうです。
晩酌怪談

手前だけぼやける

休日の昼、バイスハイボールの向こうで手前の焼きそばだけがどうしても焦点を結ばず、その何気ない「ぶれ」は店を出たあとも消えてくれなかった。