写真怪談

流してから出てください

男子トイレの個室に座ると、真正面に「終わったら流して下さい。」という貼り紙がある。何の変哲もない注意書きだった。裏側に、別の文字が見つかるまでは。
写真怪談

欄干に分かれる人

駅前の歩道橋には、手すり越しにしか見えないものがある――しかも、見るたびに少しずつこちら側へ近づいてくる。
ウラシリ怪談

上を歩いて帰る人

豪雨の夜も走り続けた、地上から吊られた列車。終電を延長したその車内では、なぜか天井にだけ「帰る人」の足跡が残っていたそうです。
晩酌怪談

鹿肉の勘定

仕事帰りに入った居酒屋で、鹿肉のソーセージをつまみながら瓶ビールを飲んでいた。皿の上には四本あった。それだけは、よく覚えている。
写真怪談

内側に上がる花火

夜空の花火を見上げていた出店の女性。そのころ白いテントでは、誰も見ていない「内側」に、もう一つの花火が上がり始めていた。
写真怪談

水面より上の泥

池の水は増えていない。それなのに、清掃を始めた作業員たちの周囲では、「水際」だけが少しずつ高くなっていきました。
写真怪談

消火栓の乾いた輪

雨上がりの夜、赤い消火栓の周囲だけが乾いている。その円の中へ入った作業員は、自分の身体から何が失われているのかを知ることになる。
ウラシリ怪談

八時六分の縫い目

八月十六日、山の火を見送った父娘。亡き妻が残した「まだ途中」の一針は、その夜、静かにほどけ始めたそうです。
写真怪談

二重ガラスの人影

お盆明けの空港。駐車場から見上げたガラス張りの連絡通路には、歩いている人数とどうしても合わない人影がひとつありました。
写真怪談

笑顔を抜いた手

青空の下、笑顔に加工されたひまわり。抜き取ったはずの種は、いったいどこへ行ったのでしょう。
写真怪談

通過待ちの荷重

雨の日だけ壊れる、八番乗り場のベンチ。座っているのは一人なのに、金属には何人分もの「重さ」が掛かっていました。
写真怪談

同行者の重さ

食事を終えた旅行者が立ち上がったとき、さっきまで片手で引いていたキャリーケースは、二人がかりでも床から離れなくなっていました。
ウラシリ怪談

西へ二十キロの片づけ

西へ進む台風の夜、空になった実家では、片づけたものが東の部屋から順番に元の場所へ戻り始めました。
ウラシリ怪談

一世帯に一度の灯り

新しい照明へ替えた老人の家では、毎日午後五時十五分になると、もう捨てたはずの灯りが食卓だけを照らしたそうです。
ウラシリ怪談

海面に戻る人

海の温度を測っていたサメは、毎夕ほんの数秒だけ、「温度のない海面」へ戻ってきたそうです。
ウラシリ怪談

風のない避難所で

風の入らない避難所で、誰も触れていない洗濯ばさみが二度だけ鳴りました。亡くなった祖母には、台風の夜に必ずしていたことがあったそうです。
写真怪談

零番回線

繁華街の古い雑居ビルへ、とうに切れたはずの一本の回線が、今も夜ごと「呼出し」を送り続けている。
晩酌怪談

手前だけぼやける

休日の昼、バイスハイボールの向こうで手前の焼きそばだけがどうしても焦点を結ばず、その何気ない「ぶれ」は店を出たあとも消えてくれなかった。