記録と痕跡

記録に残された痕跡は、時に説明できない異変を映し出します。

誰が残したのかも分からぬまま、その痕跡だけが確かに存在しているのです……。

ウラシリ怪談

四袋目の水やり日

黒い袋は三つのはずでした。春になるころ、札のない四つ目だけが、まだ中で静かに湿っていたそうです。
ウラシリ怪談

遊んだあとの返送票

祭りの景品を扱う問屋に、使い終わったはずの水鉄砲の的が、返送票つきで戻ってくるようになったそうです。
ウラシリ怪談

所在欄の泥

場所の詳細が空白のまま残された古い発掘記録は、再発見されたあとでようやく“書き足された”そうです。
ウラシリ怪談

まだ舞台を知らない靴

二千点を超える衣裳を詰める夜、まだ一度も海を越えていないはずの靴のつま先だけが、少しずつ削れていったそうです。
ウラシリ怪談

喉と腹のあいだ

減塩を始めたはずの食卓で、塩だけが誰にも見えない口へ先に運ばれていたそうです。
ウラシリ怪談

到着予定

延期されたはずの月計画で、まだ使われていない予定欄だけが先に社内を歩き始めたそうです。
ウラシリ怪談

水面の下の介添え

三十四分のマッコウクジラの出産記録には、十一頭では足りない“介添え”が残っていたそうです。
ウラシリ怪談

地下一席

盗まれて溶かされたはずの優勝皿は、四か月後、いちばん近い地下に戻っていました。けれど裏面に増えていたのは、優勝者の名ではなく、次の置き場所を告げる一行だったそうです。
写真怪談

検知枠

防犯アプリが二重に送ってくる通知には、いつも“一人ぶん足りない”何かが写っていました。
ウラシリ怪談

となりの青いドラム

並べられた二つのドラムセット。そのうち片方は、もう誰も叩かないはずの新品でした。それでもあの夜、舞台の上では確かに「合図」が返ってきたそうです。
ウラシリ怪談

基準体の寝顔

全身の細胞を重ね合わせた先に、どの標本にも属していない“小さな寝顔”が残るそうです。
写真怪談

ひとつぶんの影

車のリアガラスに映っていたのは、春の街路と、いるはずのない親子連れでした。けれど歩道に落ちていた影は、どう見ても一人分しかなかったのです。
写真怪談

交差影の結び目

深夜三時、杭よりも濃く伸びる影の“交差”を一度踏んでしまった――写真は、あとから数を増やしてくる。
ウラシリ怪談

未配達の行き先

手紙はポストに入ったのに、“届いたこと”だけが消えていく――未配達の行き先が、先にこちらへ届き始めました。
写真怪談

吹き抜け階段の「0階」案内

閉店後のモールで、緑の案内板が示した“存在しない階”——そこへ続く階段を上った人は、いつから「落とし物」になってしまうのか。
ウラシリ怪談

二日分のスタンプ

二日間だけのはずだった催しの記録が、終わったあとも“二十秒ずつ”増え続けるそうです。
ウラシリ怪談

鉄の匂いが戻る夜

受付で言った“決まり文句”が、家の中で増殖していく——鉄の匂いと一緒に。
写真怪談

消したはずの渦

住宅地の外れの角にある“程度の低い落書き”は、見るたびに少しずつ形を変えていった。