記録と痕跡

記録に残された痕跡は、時に説明できない異変を映し出します。

誰が残したのかも分からぬまま、その痕跡だけが確かに存在しているのです……。

ウラシリ怪談

公開情報だけが、あたたかかった

止められたAIの研究室で、誰も印刷していない「公開情報だけの紙」が一枚ずつ増えていった――そこには、ネットには載っていないはずの“温度”が残っていました。
写真怪談

空室のメーター

電気の流れる先は、もう存在しない。それでも夜になると、一台だけのメーターが、かつてそこに住んでいた人の生活を繰り返していた。
ウラシリ怪談

二度目の揺れは、家に帰る

地震波のデータをめぐる報道を見た夜、亡き父の食卓で、水面に十一の波が広がりました。消えたはずの波のうち、二本だけが――こちらへ戻ってきたそうです。
ウラシリ怪談

社員証が帰りたがる夜

AI開発の速度を落とすため、外部から来た評価員たち。ところが夜になると、彼らに渡された入館証だけが、決まって「出口」の方を向くようになったそうです。
ウラシリ怪談

灰の年齢欄

届いた健康調査の封筒には、ひとり分だけ、まだ生まれていないはずの回答欄が混ざっていました。
ウラシリ怪談

二億回の向こう側の椅子

九十四歳の祖母と孫が、十年かけて残してきた何気ない日常。二億回を超えて見られたその映像の片隅で、“まだ会っていない誰か”の椅子だけが、少しずつ近づいていました。
写真怪談

流してから出てください

男子トイレの個室に座ると、真正面に「終わったら流して下さい。」という貼り紙がある。何の変哲もない注意書きだった。裏側に、別の文字が見つかるまでは。
ウラシリ怪談

一世帯に一度の灯り

新しい照明へ替えた老人の家では、毎日午後五時十五分になると、もう捨てたはずの灯りが食卓だけを照らしたそうです。
ウラシリ怪談

海面に戻る人

海の温度を測っていたサメは、毎夕ほんの数秒だけ、「温度のない海面」へ戻ってきたそうです。
写真怪談

未退勤の箸

残業を終えて自宅で食べた、塩焼きそばと一枚のソースカツ。黒い箸を持ち上げた瞬間、退勤したはずの夜が再び記録され始めた。
写真怪談

火星人の根元

植物園で撮った何気ない一枚。その写真では、植物の根元に隠れていたものが、見るたびに少しずつ前へ出てきた。
写真怪談

夕焼けが越えてくる

夕焼けを撮るたび、雲の横顔は住宅街へ近づいていた。やがて写真に残ったのは、空を横切る電線ではなく、そのすべてが繋がる「何か」だった。
写真怪談

指定名のない木

名前を覆った瞬間、天然記念物の古木は消えた――それでも、木の形をした「空白」だけは、そこに立ち続けていた。
写真怪談

鉄柱の向こう側

写真には写っていなかったはずの一本が、時間が経つたびに増えていく。消えるのは鉄柱ではなく、景色のほうだった。
ウラシリ怪談

四十メートルの舌

八百個の風鈴が鳴る四十メートルの参道で、最初に消えたのは音ではなく、短冊の影だったそうです。
ウラシリ怪談

昼の笹の一粒

七夕の昼、白紙の短冊に浮かんだのは、大きな願いではなく「ひとつでいいです」という小さな言葉でした。
写真怪談

卒業する短冊

七夕飾りに吊るされた願いごとは、いつから“叶ったあと”の言葉に変わっていたのか。
写真怪談

毎咳後の薬

風邪薬は、飲む前から一つずつ「服用済み」になっていく。来週の出張まで、先に処方されてしまった男の話。