その花火大会では、会場の端に飲食や物販の白いテントが並び、その裏側が出店者用の搬入スペースになっていた。営業中の車が何台か停められ、表側の人混みとは違って、裏は照明も少なく、花火を見るにはかえって都合がよかったという。
ある出店を手伝っていた若い女性も、客足が途切れたころ、店主に声をかけて裏へ出た。腰には仕事用の小さなポーチを付けたまま、停めてある軽バンの前でスマートフォンを構えた。ちょうど大きな金色の花火が開き、遅れて腹に響く音が来た。
その瞬間、首の後ろだけが熱くなった。
夏の夜気とは違った。ストーブへ不用意に背中を向けたときのような、乾いた熱だった。女性は反射的に振り返ったが、背後にあるのは白いテントの側幕だけで、火を使う器具はもっと表側に置かれていた。
もう一つ、花火が上がった。今度は赤だった。夜空が明るくなった直後、女性は火薬の匂いを嗅いだ。
花火の煙が流れてきたのだと思ったが、風は会場から反対側へ吹いていた。それに匂いが強いのは空を向いたときではなく、テントへ近づいたときだった。鼻を寄せると、白い幕そのものから、火を消した直後の線香花火に似た匂いがしていた。
店へ戻った女性は、テントの内側を見上げた。天幕の裏側に、茶色い点が一つあった。直径は五ミリほどで、その周囲から細い筋が何本も放射状に伸びている。
焦げ跡に見えた。
店主は、昼間からあった汚れではないかと言った。調理器具の真上ではなく、火の粉が届く位置でもない。女性もそう思うことにしたが、濡らした布で擦ってみると、茶色は落ちなかった。むしろ表面の白い繊維だけが崩れ、内側から黒く焼けているのが見えた。
次の大玉が開いたあと、焦げ跡は二つになっていた。
誰も増える瞬間を見てはいない。さっきまで何もなかった場所に、同じような小さな放射状の跡ができている。しばらくして三つ目が現れた。今度の跡は天幕ではなく、横幕のかなり低い位置だった。
それから店の者たちは、客の相手をしながら何度も白い幕を確かめた。花火が開くたびに増えるわけではなかった。三発続いて何も起きないこともあれば、空が暗いままの短い間に、いつの間にか二つ増えていることもあった。
共通していたのは、焦げるのが必ず「内側」だということだった。外へ回って同じ場所を触っても、白い生地は冷たく、傷一つない。ところが内側へ戻ると、指を近づけただけで熱気を感じる跡があった。表裏を一枚の薄い布しか隔てていないのに、外側には熱がまったく出ていなかった。
念のため、火を使う器具を止めた。電源も一部落とし、消火器を近くへ置いた。それでも焦げ跡は増えた。茶色い筋は細く枝分かれし、遠目には小さな花火がいくつも白い布の上で開いているように見え始めた。
女性はそこで、自分が裏へ出たときに感じた熱を思い出した。試しに腰のポーチを外して調べたが、外側には異常がなかった。念のためファスナーを開けると、中から濃い火薬臭がした。
内張りの底に、小さな焦げ跡が一つあった。
ポーチには金銭や筆記具しか入れていない。ライターも電池もない。しかも焼けていたのは内張りだけで、焦げ跡の真裏にあたる外布は変色さえしていなかった。
店主は営業を早めに切り上げようとした。しかし、ちょうど花火大会は終盤に入り、表側には帰る前に買い物をする客が集まり始めていた。テントを畳むこともできず、店員たちは焦げ跡から距離を取りながら、最後の数十分をやり過ごすことにした。
やがて打ち上げは最高潮になった。白、金、赤の光が何度も夜空を埋め、車の屋根やテントの幕がそのたび違う色に染まった。最後の一発が大きく開き、長い音が遠くへ消えると、会場中から拍手が起こった。
その拍手の中で、白い天幕がオレンジ色に光った。
炎ではなかった。内側の一点だけが炭のように赤くなり、そこから細い光が何十本も走った。光は生地の上を円形に広がり、枝分かれし、数秒かけて巨大な花の形になった。
空には、もう何も上がっていなかった。
店の者たちは客を外へ出し、テントから離れた。オレンジ色の筋は次第に暗くなり、黒い焦げ跡だけを残した。煙は上へ立たず、燃えかすも落ちなかった。ただ天幕の下には、花火が終わったあとのような火薬臭だけが濃く溜まっていた。
撤収作業は、人が減るまで待ってから行われた。天幕を外して地面へ広げると、外側は驚くほどきれいだった。裏返すと大小の焦げ跡が散らばり、最後に現れたものだけは直径一メートル近くまで広がっていた。
業者が後日、生地の傷んだ部分を切って調べたという。熱の入り方がおかしかった。普通なら表面から炭化するはずなのに、黒くなった繊維は生地の厚みの中央から内側に集中していた。外側へ向かうほど傷みが少なく、最表面には熱を受けた痕跡さえなかった。
そのテントは再使用されず、倉庫へ畳んでしまわれた。翌年、新しいテントを出す際に店主が古い天幕を確認すると、前年にはなかった焦げ跡が一つ増えていたという。
畳まれた布の、いちばん奥の面だった。
外気に触れていない場所で、茶色い筋が小さく放射状に開いていた。触るとそこだけざらつき、鼻を近づけると、まだ微かに火薬の匂いがした。
若い女性は、その話を聞いても倉庫へは行かなかった。花火大会のあと、あのポーチも使わなくなっていたからだ。
処分する前に中を空にしたとき、最初に見つけた焦げ跡の隣へ、もう一つ小さな跡が増えていた。
それ以来、彼女は花火を見るとき、空だけを見るようにしているという。
屋根のある場所では、見上げない。
あの夜、何かが落ちてきていたのではなく、閉じたものの内側で、こちらへ向かって打ち上がっていたのではないかと思うからだ。
この怪談は、実際の写真から着想を得て構成されたフィクションです。


