存在のゆらぎ

写真怪談

三人目の乾き

雨の夜、赤い傘と白い傘の横にだけ、濡れない場所がついてきていた。
写真怪談

握り返す継ぎ目

遅延した満員電車で、連結部分の手すりだけが、人の手の温度を覚えていた。
写真怪談

腹の下の客

蕎麦屋の入口に置かれた二体の陶像。その片方の腹の下には、雨上がりだけ“何か”が詰まっている。
写真怪談

窓枠の人数

その集会所は、町内会の倉庫と呼んだほうが近かった。古い木造で、畳の部屋がひとつ。折りたたみ椅子を三脚出せば、もう通路がなくなる。外から見ると、出窓だけが妙に立派だった。淡い青に塗られた木枠は剥げ、ガラスは少し曇っていて、中の様子を見ようとすると、いつも自分の顔と室内の暗がりが重なった。町内では、月に一度だけそこで回覧板の仕分けをしていた。使うのは自治会長と、班長が二人。三人入ればいっぱいになるので、次の人は外で待つ。そういう決まりでもないのに、誰も四人目として入ろうとはしなかった。ある年の梅雨前、若い班長がそれを笑った。「狭いだけでしょ」そう言って、彼は先に入っていた三人のあとから戸を開けた。だが片足を上げたところで、ぴたりと止まった。中から冷たい風が出てきたのだという。扇風機もない。窓も閉まっている。なのに、膝から下だけが水に浸かったみたいに冷え、彼は靴を脱ぐ前に足を引っ込めた。室内の三人は、何も感じていなかった。その日、仕分けを終えて外へ出ると、出窓の下のガラス一枚だけが白く曇っていた。内側から息を吹き...
写真怪談

先席の白い袋

優先席の下に落ちていた、空の白い袋。捨てても戻るそれは、少しずつ車内の表示から一文字を抜き取っていく。
写真怪談

隙間の腹

都心の住宅地にある、家と護岸のあいだの細い隙間。そこにうずくまっていたものは、動物に見えた。けれど、それは足で歩くものではありませんでした。
写真怪談

鋲の雨宿り

大雨の交差点、緑の柱に並ぶ鋲だけが、通り過ぎた人の重さを覚えていました。
写真怪談

軒下の先客

朝の開店準備中、まだ暖簾も出ていない店先に、“最初の客”の痕跡だけが残っていた。
写真怪談

針金の四拍

閉館後の音楽ホールで、針金のオーケストラだけが、誰かの帰りを四拍で見送っていた。
写真怪談

裏葉の橋

新緑に包まれた白い橋。その下で、葉は裏返り、石は誰も渡らない橋を作り始める。
写真怪談

空の裏の息

友人たちの笑い声を背にトイレへ向かった夜、見上げた雲は、空ではなく何かの内側だった。
写真怪談

色のない川

夜の高架下、色を失った川面にだけ、現実にはいない後ろ姿が映っていた。
写真怪談

三番の声だまり

試合後の群衆が駅へ押し寄せる高架下で、まだ誰も叫んでいないはずの歓声だけが、頭上から先に落ちてくる。
写真怪談

橋裏の水位札

橋の下に貼られた小さな水位札は、ただの管理表示ではありませんでした。水面に残る線と、写らないはずの足跡が、少しずつこちら岸へ近づいてきます。
晩酌怪談

釣り銭口の出口

飲み終えた夜、出口の階段を降りるたび、自販機の釣り銭口で硬貨が増えていく。
写真怪談

白い柵の空白

白い非常階段を見上げたとき、そこにいたのは人影ではなく、人が抜き取られたような“空白”だった。
写真怪談

九時の同じ首

朝九時の駅で、誰もが同じ角度でスマートフォンを見ている──その列にだけ、人数よりひとつ多い痕跡が残っていた。
晩酌怪談

菊が焼けるまで

焼き鳥を待つあいだ、マグロブツに添えられた小さな菊だけが、焼き場の方を向きはじめた。