夕暮れになると、この住宅街の空だけが妙に明るく見える日がある。
雲が燃えているようだ、と誰もが足を止めて写真を撮る。空だけが赤く、道路も家も電柱も黒い影になり、世界が上下で切り分けられたように見えるからだ。
だが、この辺りに長く住む人は知っている。
「あの日の雲は、見上げちゃ駄目だよ。」
理由を聞いても、誰も答えない。ただ、日没までに家へ入れ、とだけ言う。
高校生の一人が、その忠告を笑い飛ばした。
学校帰り、交差点で立ち止まり、夕焼けを何枚も撮影した。
雲の縁は、巨大な横顔のようだった。
額があり、鼻筋があり、こちらを見下ろす口元まである。
「よくできてるな。」
そう呟いて帰宅した。
夜、写真を見返した彼は手を止めた。
横顔が、少しだけ近づいている。
撮影したときには、もっと遠くにあったはずだ。
気のせいだと思った。
翌日も同じ時間、同じ場所へ向かう。
また、あの雲が出ていた。
昨日より大きい。
ビニールハウスの向こうから、身を乗り出すように。
帰宅して写真を並べる。
間違いない。
一枚ごとに、距離が縮まっていた。
三日目。
雲は電柱より高い位置にあったはずなのに、いつの間にか電線の高さまで降りてきていた。
その日は、不思議なくらい鳥を見なかった。
四日目。
写真には夕焼けしか写っていない。
それなのに拡大すると、すべての電柱の影が同じ方向へ傾いていた。
夕日とは反対側。
まるで、何かを見上げているように。
五日目。
彼は写真を撮らなかった。
もう見たくなかったからだ。
それでも夜中、スマートフォンのアルバムに一枚だけ画像が増えていた。
撮った覚えのない写真。
交差点から空を見上げている。
夕焼けは終わっている。
雲もない。
あるのは、空いっぱいに広がる黒い肌だけだった。
人の皮膚のような質感。
その表面へ、無数の細い線が吸い込まれている。
電線だった。
町中の電線は空を横切っているのではない。
ずっと上にいる”それ”へ繋がっていたのだ。
翌朝、高校生は姿を消した。
事故も事件も見つからない。
残っていたのは、交差点の監視カメラだけだった。
映像の中で彼は、夕焼けへ向かって歩いている。
道路を渡るのではない。
空へ向かって。
足は地面についている。
それなのに体だけが、糸で引かれるように少しずつ浮き上がっていた。
それ以来、この住宅街では、空が異様に赤く染まる日がある。
誰かが写真を撮る。
雲は少しだけ近づく。
そして、電線の先を見つけてしまった人は、二度と夕焼けを綺麗だとは言えなくなる。
この怪談は、実際の写真から着想を得て構成されたフィクションです。

