植物公園には、奇妙な名前の植物がいくつも並んでいる。「火星人」と書かれたその植物も、そのひとつだった。丸く膨らんだ幹から細い枝を伸ばし、赤い石に囲まれて静かに置かれている。初めて見た人は決まって笑い、「本当に火星人みたいだ」と写真を撮って、次の展示へ向かう。
けれど、その植物の前だけは、閉園後の見回りで職員が足を止めない。夕方になると、根元に誰かがしゃがんでいるように見えるからだ。
最初は光の加減だと思われていた。赤黒い溶岩石の陰影が人影に見えるだけだと、誰もが説明した。ところが翌日になると、その影の位置が少しだけ変わっている。植物には触れていない。石も動いていない。
変わるのは、人影だけだった。
ある職員が監視カメラを確認した。閉園後の映像には誰も映っていない。しかし早送りで夜を追うと、植物の根元だけが、ゆっくり暗くなったり明るくなったりを繰り返していた。
映像を止めるたび、黒い塊は少しずつ人の形に近づいていく。丸い頭ができ、肩が現れ、その下に膝を抱える姿勢が浮かぶ。朝になる直前には、また石ころほどの影へ戻っていた。
原因はわからず、その映像は記録ごと消去された。以来、その話は新しい職員には伝えられていない。だから来園者は何も知らず、今も「火星人」の前で足を止める。
あなたが撮ったこの写真も、その一枚だ。赤い石の間に、白く膨らんだ幹。手前の名札には「火星人」と書かれている。どこから見ても、ごく普通の展示写真にしか見えない。
数日後、写真を見返したあなたは、植物の右側に違和感を覚える。根元から肩だけを覗かせるような、灰色のものがある。葉だろうか。背景の石だろうか。拡大すると輪郭が崩れ、何なのか判別できない。
翌日、もう一度写真を開く。灰色のものは肩ではなく、白い幹の横から垂れた黒い髪に見えた。さらに翌日には、その髪の奥から顔の半分ほどが覗いていた。
保存した画像を別の端末へ送っても同じだった。誰に見せても、しばらく黙ったあとで同じことを言う。
「昨日より、前に出てきてない?」
画像解析をしても異常はない。撮影データにも、編集や改ざんの形跡は見つからない。それでも写真を開くたび、女らしきものは植物の陰から少しずつ姿を現した。
ある夜、最後まで見届けようとした人がいた。画面に写真を表示したまま机へ置き、明け方まで起きているつもりだった。けれど途中で眠り込み、目を覚ましたときにはスマートフォンの充電が切れていた。
電源を入れると、写真は一枚だけ残っていた。赤い石も、名札も、周囲の溶岩石も写っている。だが中央にあったはずの「火星人」だけが消えていた。
その代わり、画面いっぱいに女がしゃがみ込んでいた。両腕で膝を抱え、首だけを持ち上げて、こちらを見ている。顔のほとんどは髪に隠れていたが、目だけが不自然なほど大きく写っていた。
写真を削除しようとしても、何度も元に戻った。端末を初期化しても、翌朝には同じ場所に保存されていた。やがて画面の中の女は、少しずつ立ち上がり始めた。
植物公園では今も「火星人」が展示されている。ただし閉園後、その根元を確かめる職員はいない。あの植物は珍しい植物として置かれているのではない、と古い職員だけは知っている。
あれは、女を地面へ縫い留めるための重しなのだ。
この怪談は、実際の写真から着想を得て構成されたフィクションです。


