更地の階段

写真怪談

建物を解体して二日目、現場にはもう壁も柱も残っていなかった。雨を吸った土だけが道路より少し低く沈み、ところどころに茶色い水たまりができていた。軽トラックの脇には泥のついた資材が寄せられ、用途の分からない黒い板状のものが一枚、現場の中央近くに立てられていた。

その日は、解体そのものではなく、残材の回収と地面の片付けをする予定だった。作業員二人が泥の中を行き来し、ホースや道具を移動させていたが、昼前、一人が黒い板の前を横切ったところで妙な転び方をした。

つまずいたのではない。

右足が、地面へ下りなかった。

長靴の底が泥から十五センチほど浮いた位置で止まり、そこに固いものがあるように体重を受け止めていた。作業員本人も驚いて足元を見たが、そこにあるのは濁った水たまりだけだった。長靴の下を茶色い水が流れているのに、踵は沈まない。

反射的に左足を前へ出すと、今度はさらに高い位置で止まった。

横から見ていたもう一人には、その動きがはっきり見えたという。平らな更地の真ん中で、作業員が何もない空間を一段、二段と上っていた。

二段目で本人が怖くなり、横へ足を出した。すると支えは消え、そのまま泥へ落ちた。膝まで汚しただけで怪我はなかったが、二人ともすぐには立ち上がれなかった。

棒を伸ばして調べても、何にも当たらなかった。スコップを振っても空を切る。黒い板をその場所へ押し出してみても、引っかかることなく通過した。

ところが人間が道路側を背にして歩くと、同じ場所で足だけが止まった。

最初の高さは、およそ十八センチ。その先へ足を出すと、さらに十八センチほど上に次の固い面がある。三段目もほぼ同じ高さだった。

逆方向から歩けば何もない。横から踏み込んでも泥へ沈む。道路側から現場の奥へ向かって、階段を上るつもりで足を出したときにだけ、そこに段ができた。

現場の責任者が呼ばれた。話を聞いた責任者は、解体前の建物にあった階段の位置を思い出そうとしたが、すぐに首を振った。以前の階段はもっと奥の壁際にあり、向きも違っていたという。

念のため図面も確認した。

何もない場所だった。

以前そこにあったのは一階の床で、その下には基礎があるだけだった。階段も段差も地下室もない。しかも基礎はすでに撤去され、地面は重機で掘り返されている。

それでも午後になると、段はまだあった。

別の作業員が長靴を履き替えて試したが、同じだった。一段目に右足を乗せる。体重をかける。泥の十五センチほど上で、長靴が止まる。

二段目。

三段目。

四段目。

そこまで上ったところで、下から見る者の表情が変わった。作業員の両足は完全に地面から離れていた。腿のあたりまで何もない空間に浮き、本人だけが見えない段の上へ立っている。

「ここ、少し軋む」

そう言って、右足へ体重を移した直後だった。

作業員が短い声を上げた。

右足を持ち上げ、そのまま身体を横へ投げるようにして地面へ降りた。着地で尻もちをついたが、すぐ長靴を脱いだ。

底に釘が刺さっていた。

古い、四角い軸の釘だった。錆びて黒くなり、先端だけが長靴の内側へ突き抜けていた。幸い厚い靴下のおかげで皮膚には届いていなかった。

おかしかったのは、釘が乾いていたことだった。

長靴の外側は泥だらけだった。地面には水が溜まり、歩くだけで泥水が跳ねる。それなのに釘には泥が一粒も付いていない。頭の下には、ごく薄い木のささくれまで残っていた。

削りたてのような、淡い木の色だった。

全員で長靴が止まっていた位置を調べた。そこは地面から七十センチほど上だった。真下の泥も掘ったが、同じ釘は出てこない。木片も廃材もなかった。

そもそも、その釘が地面から刺さったのなら説明できないことが一つあった。

長靴の底へ刺さっていた向きが、真下からだった。

作業員は、その高さで確かに「何かを踏んだ」のだ。

その日の作業は中断された。釘は怪我につながった異物として小さな透明袋に入れられ、現場事務所へ持ち帰られた。

翌朝、責任者と数人が改めて現場へ入った。

前日の場所に階段はなかった。

何度歩いても長靴は普通に泥へ沈んだ。棒も資材も人間も、何にも引っかからない。皆、気味は悪かったが、地面を整地し直し、そのまま作業を再開することになった。

昼過ぎ、一人が軽トラックへ戻ろうとして現場の端を歩いていた。

急に身体が持ち上がった。

昨日とは三メートルほど離れた場所だった。

右足が地面から浮き、次の左足がさらに高い位置で止まる。本人はすぐ横へ飛び降りたので、それ以上は試さなかった。

向きだけは同じだった。

道路から現場の奥へ。

見えない階段は、なくなったのではなく、横へ移っていた。

それからは、その現場で足が不自然に止まった場所へ簡単な柵を置き、誰も試さないことにした。ところが翌日にはそこを普通に歩けるようになり、別の場所で一段目が見つかった。

毎回、道路側から入ったときだけだった。

作業員たちは次第に、現場へ入るとき足元を見なくなったという。見ても何もないからだ。代わりに、最初の一歩をできるだけ小さく出した。

もし足が地面まで下りなければ、すぐ後ろへ戻る。

それだけを決めた。

数日後、片付けは終わった。黒い板もホースも資材も運び出され、現場には雨に濡れた土だけが残った。

釘だけは会社に残った。

透明袋には現場名と日付、それから「靴底より採取」とだけ書かれている。どうして七十センチ上の空間から釘が刺さったのかは、事故報告書にも書かれていない。

しばらくして、その現場を担当した作業員が近くを通った。

更地はまだそのままだった。前夜に雨が降ったらしく、土には大きな水たまりができていた。

道路を歩いていた男が、現場の前で突然、右膝を高く上げた。

何かにつまずいたように見えたが、男は転ばなかった。

右足が歩道から少し浮いた位置で一度止まり、続く左足が、それより高いところへ乗った。

男は驚いて横へ飛び、足元を何度も確かめてから足早に去っていった。

作業員は現場へ入らなかった。

ただ道路から、更地までの距離を見た。

見えない階段の一段目は、作業を終えた頃には敷地の中にあった。

その日は、歩道に出ていた。

この怪談は、実際の写真から着想を得て構成されたフィクションです。

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