残暑の昼だった。住宅街の細い道路に白い配送車を寄せ、二人の作業員が後部扉を開けて荷下ろしをしていた。荷台から青や橙色の大型バッグを引き出し、歩道脇へ並べ、台車へ積み替えていく。頭上にはまだ濃い緑を残した街路樹があり、日差しは強かった。
あたりにある影は、どれも短かった。電柱も人も植え込みも、真昼の太陽に押し潰されたように足元へ縮んでいる。だから橙色のバッグの側面に、細長い人影が映っているのは、ひどく目立った。
人が立っている影だった。頭から肩、胴、脚までがあり、髪らしいものが首の横へ垂れている。ただし、その影を作っている人間がどこにもいない。バッグの向こうは開け放した荷台で、段ボールがいくつか積まれているだけだった。
作業員はバッグを持ち上げ、台車へ移した。影も一緒に動いた。地面の上を滑ったのではなく、橙色の布地に貼り付いたまま、袋と一緒に持ち上がったのである。
もう一人が手を伸ばし、影の上へ掌をかざした。自分の手の影は、もっと薄く、別の角度から重なった。二つの影は混ざらなかった。人型のほうだけが、濡れた墨を染み込ませたように黒かった。
表面をこすっても何もつかない。布を引っ張れば人影も歪み、手を離せば元へ戻る。写真でも撮っておこうかという話になったが、配達が遅れていたため、結局そのままバッグを台車に載せた。
台車を押し出した途端、人影の頭が少し傾いた。
二人とも見ていた。それでも、どちらも何も言わなかった。風で布がたわんだせいだと思いたかったのだという。
荷物を届けて戻ると、橙色のバッグにはもう影がなかった。代わりに、開けたままの荷台の床へ同じ人影が落ちていた。今度は立っていない。奥の段ボールと段ボールの隙間に、膝を抱えて座っているような形だった。
日の光は荷台の奥まで届いていた。そこへ影を落とせるような荷物はない。作業員が身体を左右へ動かしても、荷台に自分の影が伸びるだけで、座った人影の位置は変わらなかった。
配送車は次の場所へ向かった。
十分ほど走り、また住宅地で停車した。後部扉を開くと、さっき奥にいた影が、荷台の中央まで出ていた。座り方も変わっている。膝を抱える形ではなく、四つん這いになり、片手を前へ伸ばしていた。
指が五本あるのまで分かった。
作業員の一人は扉を閉めようとした。だが荷物を下ろさなければ仕事にならない。なるべく床を見ないようにして青いバッグへ手をかけ、身体を後ろへ引いた。
その瞬間、伸びていた影の手が動いた。
床を這うように滑り、作業員自身の影へ重なった。黒い指が、足首の部分をつかんだように見えたという。同時に、素足の足首を氷で握られたような冷たさが走った。
悲鳴を上げて道路へ飛び降りた。靴下をめくっても傷はない。赤みすらなかった。それでも冷たさだけは残り、指五本でぐるりと掴まれているように皮膚の奥へ食い込んでいた。
もう一人が荷台を覗いた時、影は後部扉のすぐ内側まで来ていた。
頭がある。肩がある。両腕を床につき、こちらへ這ってくる女のように見えた。しかし車内には、誰もいない。明るい住宅街の真ん中で、車の中には色のついたバッグと段ボールしかない。
それなのに、影の髪だけが揺れていた。
風はなかった。
二人は後部扉を閉めた。その日の残りの荷物は営業所へ持ち戻ることにし、配達中止の連絡を入れた。運転席へ戻るまでのわずかな距離で、二人とも車体の下を見なかったという。
走り出して数分すると、後ろから小さな振動が伝わってきた。荷物が崩れているのとは違う。右、左、右、と車体の床へ重みが移っている。誰かが狭い荷台の中を、手と膝で進んでいるような揺れだった。
信号で止まると揺れも止まった。車が動けばまた始まる。そして営業所まであと一つ交差点を残すところで、突然すべて消えた。
営業所では別の作業員も立ち会い、後部扉を開けた。人影はなかった。荷物も崩れていない。青いバッグも橙色のバッグも、出発時とほとんど同じ位置に収まっていた。
ただ、一番手前にあった橙色のバッグだけ、持ち手の周囲が変色していた。
鮮やかな橙色の布が、五本の細長い筋に沿って白っぽく抜けている。ちょうど人間が上から指を掛け、強く握ったような位置だった。洗剤で洗っても色は戻らず、メーカーにも確認したが、その部分だけ急に退色する理由は分からなかった。
バッグは使用停止になった。
数日後、足首をつかまれた作業員が別の配送車で同じ住宅街を通った。あの場所で停車する予定はなかったので、そのまま通り過ぎるつもりだった。
道路脇には、荷下ろしの時にバッグを置いていた緑色の塗装部分が見えた。
そこだけ、黒かった。
汚れではない。緑の塗料そのものが、人ひとり分の形に色を失っていた。頭を低くし、両腕を前につき、車道へ這い出そうとしている女のような形だった。
作業員は速度を落とさず通り過ぎた。
ところが一週間ほどして、その道路の清掃を担当している業者から営業所へ連絡があった。配送車がオイルでも漏らしたのではないか、という問い合わせだった。歩道脇の塗装が人型に変色しており、洗浄しても落ちないという。
事情を知らない担当者が上から緑色を塗り直した。
翌朝には、人型が戻っていた。
前と違っていたのは、姿勢だった。四つん這いではなかった。上半身が少し起き、片膝を立てている。これから立ち上がろうとしているような形だったという。
営業所の古い作業員たちは、それ以降、その場所で後部扉を開けなくなった。どうしても近くで荷物を下ろす必要がある日は、少し離れたところに車を停め、台車で運ぶ。
変色した橙色のバッグも、まだ倉庫に残っている。
五本の白い筋は、今では持ち手だけではない。底のほうまで少しずつ増えている。薄く長い色抜けが何本も重なり、人間の指が内側から布をつかみ、外へ出ようとしているように見えるそうだ。
そして雨上がりの朝だけ、そのバッグを置いた床に影ができる。
倉庫には窓がない。
バッグの下から伸びた人影は、いつも出口のほうを向いているという。
この怪談は、実際の写真から着想を得て構成されたフィクションです。


