その倉庫では、夏の終わりから色だけが捨てられるようになった。
ごみ収集業者が使う倉庫兼作業場で、夜は回収車を収める車庫にもなる。奥には束ねた照明器具や金属管、汚れた袋、青いシート、空き缶、塗料の箱が天井近くまで積まれていた。使える資材と廃棄予定の物が混在し、どこからどこまでが荷物なのか、長く勤める者にも分からなかった。
月曜の朝、床に並べてあった赤いスプレー缶の蓋が灰色になっていた。日に焼けたのではない。裏側も切断面も、初めから灰色の樹脂で作られたように色を失っていた。
消えた赤は、三メートルほど奥に積まれた白い袋の表面に付着していた。塗料のような厚みも匂いもなく、布目そのものが赤く染まっている。洗剤を染み込ませても薄くならず、袋を裏返すと、内側の繊維まで同じ色になっていた。
翌日には青いシートの一角が白く抜け、その青が段ボール箱の側面へ移っていた。次の日には緑色の製品ラベルが消え、束ねられた照明器具の端へ細長い緑の筋が現れた。物の位置は動いていない。床に引いた印も、積み荷の高さも前日と一致していた。
色だけが、荷物から荷物へ移っていた。
作業主任は、車庫の入口から倉庫の奥を見ていて、ようやく配置の意味に気づいた。赤、青、緑、黒。離れた場所に現れた色の染みが、入口の一点から眺めたときだけ、人間の輪郭を作っていた。
左上の棚に載った黒い自転車のサドルが頭に見えた。その下では灰色の袋が肩と胸を作り、垂れた青いシートが腰から下へ続いている。赤い缶の色は口の位置にあり、照明器具へ移った緑の筋は、脇腹に沿って垂れた腕のようだった。
倉庫の中へ入れば、ただの雑多な荷物に戻る。人も動物もいない。だが入口の白線まで下がると、荷物の奥に誰かが押し込まれ、積み上げられた物の隙間からこちらを見ているように見えた。
作業員たちは黒いサドルを棚から下ろした。人影の頭を崩せば、偶然の重なりだと納得できるはずだった。ところがサドルを床へ置いた途端、その表面から黒だけが抜け始めた。
黒い艶は水面のように縁へ集まり、一滴も垂らさず消えた。同時に、荷物の奥で丸められていた白いホースが黒く染まった。入口へ戻ると、その輪が新しい頭になっていた。
誰かが形を作っているのではない。形のほうが、必要な色を選んでいた。
その日の夕方、主任は入口の白線へ小さな傷をつけた。翌朝、同じ位置から奥を見ると、人影は前日よりわずかに右を向いていた。物は動いていないのに、色の染みだけが移り、顔の向きを変えていた。
三日後には右腕が持ち上がっていた。赤い口の脇から細い色の線が伸び、車庫の床を指している。その先は、夜間に回収車の運転席が来る位置だった。
会社は異常のある一角を立入禁止にした。しかし車庫を使わなければ仕事にならず、回収車だけは毎晩そこへ戻された。エンジンを切ると、白い車体に印刷された青い社名の一部が薄くなった。朝には、その青が人影の胸元へ移り、作業服の名札のような四角を作っていた。
主任が染みを確かめようと、荷物の間へ右手を差し入れたことがある。指先は何にも触れなかった。それでも手袋を引き抜くと、黒いゴムの色が指の形に沿って抜けていた。
色を失った部分は透けているのではなく、灰色になっていた。その直後、人影の右手に五本の黒い指が生えた。指は入口ではなく、荷物の内側を向き、何かを掴もうとする形に曲がっていた。
倉庫を空にすることが決まった。積み荷を一つずつ屋外へ運び出したが、人影は崩れなかった。物が減るたびに色は残った荷物へ集まり、輪郭を狭めていった。
何十個もの箱と袋に広がっていた胴体は、やがて一枚の汚れた麻袋へ収まった。照明器具に伸びていた腕は、二本の金属管だけで再現された。頭は、すでに灰色になったはずのサドルへ戻っていた。
最後には、サドル、麻袋、青いシート、二本の管、赤い缶だけが残った。入口から見ると、それでも人の形をしていた。両膝を抱えて積み荷の中へ押し込められた男が、顔だけをこちらへ向けているようだった。
主任が赤い缶を持ち上げると、倉庫のすべての色が一度に消えた。壁の注意表示、回収車の社名、段ボールの印刷、作業員たちの作業服まで灰色になった。蛍光灯は点いていたが、光そのものからも色がなくなり、倉庫全体が古い白黒写真のように沈んだ。
暗くなったわけではない。
色を集めた何かが、入口の白線の上に立っていた。
赤い口、青い服、黒い頭、緑の腕。荷物の重なりではなく、人ひとりぶんの色だけが空中へ貼りつき、厚みのない身体を作っていた。向こう側の倉庫が透けて見えるのに、そいつが床へ落とした影だけは、濡れた油のように黒かった。
作業員たちはシャッターの外へ逃げ、朝まで開けなかった。夜明けに警察立ち会いで中を調べたが、人影も侵入者も見つからなかった。倉庫の色は戻っていたものの、入口の白線だけが、人の足幅ほど途切れていた。
異常のあった物は、すべて産業廃棄物として焼却された。焼却施設から送られてきた報告では、灰の中に奇妙な塊が残ったという。赤、青、緑、黒のガラス質が薄い層になって重なり、折り畳まれた人間ほどの大きさになっていた。
表面には、焦げていない黒い合成皮革が貼りついていた。倉庫にあった自転車のサドルと同じ素材だったが、中央には深い窪みがあった。誰かが長いあいだ腰掛けていたような、二つに分かれた圧迫痕だった。
塊は鋼鉄製のドラム缶へ封入され、倉庫の奥に保管された。以来、色が移る現象は起きていない。ただし、ドラム缶に貼った赤い危険表示だけは、週に一度、新しいものへ交換している。
貼った翌朝には灰色になっているからだ。
最近、倉庫へ新しく積まれた袋や資材の表面に、小さな赤い染みが現れ始めた。入口から眺めると、その染みは人影の口ではなく、後頭部の位置にある。
今度の人影は、倉庫の奥を見ていない。
開いたシャッターの向こうを向き、回収車が戻ってくるのを待っている。
この怪談は、実際の写真から着想を得て構成されたフィクションです。

