春の大型連休の午後、首都の大きな広場には、およそ5万人が集まったそうです。
戦後から変わらないまま残されてきた憲法の、その第9条をめぐる集まりでした。声を上げる人、黙って立つ人、配られた紙を胸の前で折りたたむ人。報道では、各地でも同じような集会があったと伝えられていました。
その夜、広場の清掃に入った男性が、妙なものを見たそうです。
地面に残った紙くずは、どれも濡れていませんでした。雨は降っておらず、人の熱だけが舗装に残っているような夜だったといいます。ところが、一枚だけ、白い紙片が地面に貼りついていたそうです。
剥がそうとすると、紙は破れず、舗装のほうが薄くめくれました。
そこには印刷されたような文字がありました。紙の裏ではなく、地面の下に、細い活字が並んでいたといいます。
「第九条」
男性は、誰かが落書きをしたのだと思ったそうです。けれど文字は一行だけではありませんでした。めくれた舗装の下に、古い紙の層が何枚も重なっていて、そのどれにも同じ場所だけ、きれいに折り目がついていたといいます。
折り目は、九の字の横を、まっすぐ通っていました。
清掃車のライトが当たると、その折り目の中から、声のようなものが漏れたそうです。叫びではありません。演説でも、歌でもありません。ただ大勢が一度に息を吸うような、乾いた音でした。
その音に合わせて、広場のあちこちで紙片が起き上がりました。
紙片は風もないのに立ち、同じ向きへ傾いたそうです。まるで見えない誰かが、そこにまだ列を作っているようでした。人の姿はありません。ただ、靴の跡だけが増えていきました。
清掃前にはなかった足跡です。
舗装の上に、白い粉を踏んだような足跡が、広場の端から端までゆっくり現れました。数えようとした者もいたそうですが、途中でやめたといいます。数が合わなかったからです。
五万を超えたあたりで、まだ増えていたそうです。
翌朝、広場はいつも通りになっていました。紙片も、白い足跡も、めくれた舗装も、見当たらなかったといいます。
ただ、清掃事務所に戻された折りたたみ式の掲示板だけが、少し変だったそうです。
注意書きの隅に、誰も貼っていない小さな紙片が挟まっていました。そこには、戦後まもない年を示す古い四桁の数字と、九の字だけが残っていたそうです。文章の前後は、最初から切り取られていたようにありませんでした。
その紙片は保管されたといいます。
けれど、翌週に確認した時には、紙はまだありました。ただ折り目の位置だけが、少しずつ内側へ移っていたそうです。
いつか九の字そのものを折り潰すように、今も、紙の繊維だけが静かに寄っているのかもしれません……そんな話を聞きました。
この怪談は、以下の記事をきっかけに生成されたフィクションです。
Japan sees largest protest in support of pacifist constitution as PM Takaichi pushes revisions
https://www.theguardian.com/world/2026/may/04/japan-sees-largest-protest-in-support-of-pacifist-constitution-as-pm-takaichi-pushes-revisions

