その店の裏口には、いつも洗い終えた鍋やボウルが外に出されていた。
通りから少し入った狭い場所で、丸い木のテーブルの上に金色の鍋が置かれ、隣には銀色のボウルが伏せずに乗っている。足元にはビール樽が重なり、白い機械の上には、乾かしているのか捨て忘れたのか分からない白いカップがいくつも転がっていた。
閉店後、店員のひとりが裏口の片づけをしていると、鍋の中だけがまだ白く濁っていた。
米の研ぎ汁かと思ったそうだ。だが、その日は米を炊いていない。鍋も昼に洗ったきりで、夕方には空だったはずだった。触ると冷たい。湯気はない。ただ、水面の白さだけが、底からふわふわと浮いてくる。
翌朝、その鍋は空になっていた。
代わりに、白い機械の前面の網に、細い白い線が何本もこびりついていた。油汚れではない。乾いた石灰のようで、指でこすると粉になった。その線はまっすぐではなく、鍋の縁の丸みに合わせたように、ゆるい弧を描いていた。
それから、裏口のものが少しずつ向きを変えた。
白いカップは、誰も触っていないのに口を鍋の方へ向けた。ビール樽のふたには、朝だけ小さな水滴が集まった。木のテーブルの天板には、鍋を置いた跡とは別に、薄い円が増えていった。水の輪ではなく、木目の内側から白く抜けたような輪だった。
三日目の夜、店員は鍋を片づけようとして、底を覗いた。
そこには水がなかった。
白いものだけが、薄い膜になって張っていた。牛乳の膜にも、冷めた脂にも見えた。鍋を傾けても流れない。箸で突くと、膜の下から細かな泡が浮いた。泡は上へ上がらず、逆に底へ沈んでいった。
そのとき、背後で、こつん、と音がした。
振り向くと、白い機械の上に転がっていたカップが一つ、テーブルの足元に落ちていた。割れてはいない。だが、内側が真っ白に濡れていた。店員が拾おうとすると、カップの底から水ではないものが垂れた。
どろりとした白い線が、床に落ちず、テーブルの脚を伝って上へ戻っていった。
店員は悲鳴も出せなかったという。
翌日、店長が鍋を捨てた。カップも捨て、白い機械も業者に引き取らせた。ビール樽はいつもの酒屋に返した。裏口の一角は、久しぶりにすっきりした。
ところが、その夜から、店の客が変なことを言うようになった。
「この店、米の匂いがしますね」
米は炊いていない。仕込みも終わっている。厨房にも裏口にも、白い湯など残っていない。けれど閉店後、床を流すと、排水口に白い泡が溜まる。泡は流れず、ひと晩たつと、丸い輪だけを残して消える。
先週、店員が裏口の戸を開けた。
あの丸いテーブルは、もうない。鍋もない。白い機械も、カップも、何もない。ただ壁際に積まれたビール樽の一番上だけが、内側から曇っていた。
曇りは指の跡ではなかった。
鍋の縁のような丸い白線が、樽のふたいっぱいに浮いていた。中心には、泡で小さな穴が一つ開いていた。
その穴の奥から、まだ洗っていない食器を沈めたときのような、ぬるい水音がしたそうだ。
この怪談は、実際の写真から着想を得て構成されたフィクションです。

