八十一枚目の余白

ウラシリ怪談

地方の美術館で、「版」をテーマにした展示が開かれていたそうです。

二階の展示室には、およそ八十点の作品が並んでいました。木版、銅版、シルクスクリーン、写真のように見えるもの、紙の繊維まで押し潰されたもの。どれも、同じものを何度も写し取るための技術で作られているはずでした。

異変に気づいたのは、展示替えを手伝っていた職員だったといいます。

閉館後、壁面の点数を確認すると、目録には八十点とありました。壁に掛かっている作品も、数えるたびに八十点でした。けれど、展示室の床に落ちる影だけが、八十一枚ありました。

初めは、額縁の影が重なったものだと思われました。

ところが、その余分な影は、作品の下ではなく、何も掛かっていない白い壁の前にありました。紙一枚ぶんの長方形。薄く、乾いた墨のような黒さで、壁から少し離れた床に落ちていたそうです。

照明を落とすと消える。点けると戻る。

翌朝、開館前の点検で、その白い壁にだけ、かすかな凹凸が浮いていました。近づくと、紙が貼られているわけではありません。壁そのものに、刷り跡のようなものが出ていたのです。

それは人物の後ろ姿でした。

顔は見えません。肩の線と、首の細さだけが分かる。なぜか、その人物は展示室の奥ではなく、鑑賞する人々のほうを向かずに、ずっと壁の中を覗き込んでいるようだったといいます。

その日から、来館者のうち何人かが、展示室を出るときに手のひらを気にするようになりました。黒い汚れが付くのです。インクではなく、触ると乾いた紙粉のように崩れる。洗えば落ちるのに、手首の内側にだけ、版画の見当のような小さな角印が残りました。

職員は、どこかの作品に未乾燥の部分があるのではないかと調べました。

八十点すべてに異常はありませんでした。

ただ、額の裏を確認したとき、一点だけ裏板に細い擦過痕がありました。何かを押し当て、横へずらしたような跡です。そこには作品名も番号もなく、ただ鉛筆で、小さく「余白」とだけ書かれていたそうです。

書いた者は分かりませんでした。

展示期間中、その白い壁の刷り跡は日ごとに濃くなりました。後ろ姿の首が少しずつ下を向き、肩が沈み、やがて片手が見えました。その手は、壁の内側からこちらへ出ようとしているのではなく、向こう側で何かを刷っているような形をしていました。

展示室の監視員は、夜になると、誰もいない二階から紙をめくる音を聞いたそうです。

一枚。

また一枚。

それは展示室からではなく、壁の裏から聞こえました。けれど、その壁の向こうには廊下も倉庫もありません。ただ建物の外壁があるだけでした。

最終日のあと、作品はすべて外されました。

八十点は梱包され、目録どおりに収蔵庫へ戻されました。壁の刷り跡も、塗装の補修で見えなくなったそうです。

ところが、片付けが終わった展示室の床に、一枚だけ薄い紙が落ちていました。

紙には何も描かれていませんでした。

ただ、裏返すと、そこに小さな角印がありました。来館者の手首に残ったものと同じ形です。紙の端には、壁から剥がしたような白い粉がついていました。

職員がそれを拾おうとしたとき、紙の表面に、ふっと影が差しました。

見上げても、誰もいません。

けれど紙の上には、誰かの後ろ姿が刷られていたそうです。首をこちらへ曲げかけた、途中の姿でした。

その紙はいまも、どの収蔵番号にも入っていないそうです。

ただ、次に展示替えがあるたび、二階の白い壁の前で、八十点を数え終えたあとにだけ、職員はもう一度、床を見るのだといいます……そんな話を聞きました。

この怪談は、以下の記事をきっかけに生成されたフィクションです。

現代の「版」多様な表現 近代美術館で80点展示 和歌山

現代の「版」多様な表現 近代美術館で80点展示 和歌山 /和歌山 | 毎日新聞
国内屈指の版画コレクションを誇る県立近代美術館(和歌山市)が展示会「MOMAWコレクション 現代の『版』表現」を開催している。多様な技法の作品約80点を展示し、戦後の現代版画史を見つめ直す試みとなっている。6月28日まで。
¥1,430 (2026/05/18 00:27時点 | Amazon調べ)

 

タイトルとURLをコピーしました