裏葉の橋

写真怪談

山あいの川にかかる白いアーチ橋は、新緑の季節だけ遠目には明るく見える。川原には白い石が広がり、右岸には細い道、上には枝が覆いかぶさっている。どこにでもある、よく晴れた渓流の景色だ。

ただ、近くの集落では、あの橋を渡る前に「葉の裏を見たら戻れ」と言うそうだ。迷信というより、道の癖を教える言葉らしい。山では、見えているものの向きが変わったら、もう同じ道ではないのだと。

測量の手伝いでそこへ入った知人は、最初その話を笑って聞き流した。橋の下流側から見上げると、白いアーチは森の緑に押し込まれるようにかかっていた。川音は浅く、草は濡れ、橋の欄干だけが妙に乾いて白かった。

異変は、橋へ近づく途中で起きた。足元の草が、風と逆向きに倒れたのだ。川から山へではない。山から川へでもない。すべての葉先が、橋の腹へ向かって、静かに寝そべった。

同僚の一人が「鹿でも通ったんだろ」と言った。その声が、橋の下で短く切れた。反響ではない。言葉の最後だけを、濡れた布で押さえられたように消されたのだ。

橋の中央まで来たとき、知人は気づいた。頭上の枝が、みんな裏返っている。葉の表の艶が消え、白く粉を吹いた裏側だけが、こちらを向いていた。見渡すかぎりの緑の中で、そこだけ薄い腹をさらしている。風はないのに、葉脈だけがゆっくり脈打っていた。

橋の下から、青臭い匂いが上がった。刈った草ではない。誰かの口の中に詰めた若葉が、息で温められたような匂いだった。欄干に手を置くと、白い塗装の下で細い筋が動いた。血管ではない。葉脈だ。アーチの裏へ、欄干へ、橋脚へ、森の葉の筋がそのまま移されている。

その瞬間、川音が止まった。

水は流れている。石の間を光も揺れている。けれど音だけがない。代わりに、川原の小石が一つ、ころりと動いた。次に二つ。三つ。石は水に押されるのではなく、乾いた陸の上を、橋の影へ向かって寄っていった。

石はアーチと同じ弧を描いて並んだ。白い橋の下に、白い石の橋がもう一本できていた。誰も触れていない。だが、その弧の真ん中だけ、ぽっかり欠けている。

戻ろう、と誰かが言った。今度は声が消えなかった。全員、足早に橋を渡りきり、川原へ降りた。振り返ると、枝は表を向いていた。川音も戻っていた。石の弧も崩れ、ただの河原に見えた。

その夜、宿で靴を脱いだ知人は、声を上げた。

靴底に、白い筋がびっしり浮いていた。泥でも傷でもない。ゴムの中から押し出された、葉脈の形だった。欄干の間隔と同じ幅で、足裏を横切っている。洗っても削っても消えず、翌朝には筋が少しだけ上へ移動して、くるぶしの内側に出ていた。

同僚たちにも同じ痕があった。ただ一人、橋の手前で待っていた若い作業員だけには何もなかった。安心した彼が笑ってズボンの裾をまくったとき、全員が黙った。

痕は足ではなく、首筋にあった。

細い葉脈が、喉の下から耳の後ろへ向かって伸びている。まるで、内側から首を巻き、頭を橋のほうへ向け直そうとしているみたいに。

それから知人は、あの橋へ行っていない。ただ、雨の前になると靴箱の中が青臭くなるという。靴底の白い筋は今も消えない。しかも最近は、玄関の床に、乾いた小石が一つずつ増えているらしい。

どれも川原の石に似ている。

並べると、きれいな弧になる。

この怪談は、実際の写真から着想を得て構成されたフィクションです。

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