の住宅街には、曲がり角だけ妙に明るく見える場所がある。
その道もそうだった。街灯は一本だけで、民家の窓明かりも少ない。それなのに、路面の端に並んだ白い四角だけが、浮かび上がるように続いている。遠くから見ると、道路を誰かが大きな糸で縫い合わせた痕みたいだった。
近所の人が最初におかしいと気づいたのは、燃えるごみの日の前夜だったという。
袋を出して戻ろうとした時、足元で、ぺり、と音がした。粘着テープを剥がすような音だった。見下ろすと、白い四角の一枚の端が、ほんの少しだけ浮いていた。道路標示はペンキのはずなのに、その端には薄い膜のような厚みがあり、下から黒い湿りが覗いていた。
触る気にはなれなかった。
翌朝、その白い四角は元に戻っていた。だが、その向かいの家の塀に、同じ形の白い跡が一枚だけ貼りついていた。誰かがいたずらでシールを貼ったようにも見えたが、爪でこすっても剥がれない。塀の表面ではなく、ブロックの内側から白くなっているようだったという。
その日から、曲がり角の白い四角は少しずつ増えた。
道路の端だけではない。電柱の根元、カーブミラーの支柱、シャッターの下端。夜のうちに一枚ずつ、同じ大きさの白い跡が現れる。どれも道の曲がりに沿って、弧を描くように並んでいた。
やがて、そこを通ると左の靴底だけが重くなるようになった。
歩いているうちは気づかない。家に入って靴を脱ぐと、左足の裏にだけ、薄い白い粉がついている。粉は乾いているのに、指で擦るとぬるく、古い絆創膏を剥がしたあとのような匂いがした。ある家では、玄関のたたきにその粉が落ち、翌朝には廊下の端へ、白い四角い染みが二枚増えていたそうだ。
役所が一度、道路の補修に来た。
作業員は、白線の劣化でしょうと言い、新しい塗料を重ねた。中心の黄色い線も塗り直した。だが翌朝、黄色い線の曲がる部分だけが、二本に割れていた。割れ目の中はアスファルトではなく、黒い布のようなものが覗いていたという。
それは、ゆっくり呼吸していた。
夜、街灯の下で見ると、曲がり角全体がわずかに上下している。家の壁も、塀も、道路も、同じ呼吸に合わせて沈む。白い四角はそのたびに少し締まり、ぺり、ぺり、と小さな音を立てる。
縫い合わせているのだと思った人がいる。
何を、と聞かれても答えられない。ただ、道のこちら側と向こう側が、本当は離れてはいけないものだったのだろう、と。
先月、その曲がり角で自転車に乗った学生が一人、転んだ。
怪我はなかった。自転車も倒れていない。ただ、曲がり角を抜けたところで、本人だけが座り込んでいた。話を聞くと、曲がった瞬間、道がまっすぐになったのだという。右も左も家の壁で、前方だけが細く続いていて、その先で白い四角が一枚ずつ、天井へ向かって貼られていたらしい。
学生の制服の左袖には、白い長方形の跡が七枚、等間隔で残っていた。
洗っても落ちなかった。布の上に付いた汚れではなく、繊維そのものが道路標示のように白く硬くなっていた。袖を曲げると、そこだけぺり、と鳴ったそうだ。
今でもその道は普通に通れる。
写真に撮っても、夜の住宅街と、曲がった道路と、白い道路標示が写るだけだ。ただ、実際に数えると、左側の白い四角と右側の白い四角は数が合わない。
一枚だけ多い。
多い一枚がどこにあるのかは、数えている途中では分からない。だが帰ってから靴を脱ぐと、左足の裏に、まだ貼られていないはずの白い四角が、薄く浮いていることがある。
剥がそうとすると、足ではなく、道のほうが痛むらしい。
その夜、曲がり角の奥から、遠くで布を裂くような音がする。
この怪談は、実際の写真から着想を得て構成されたフィクションです。

