一皿目の客

ウラシリ怪談

その会食は、火曜日の夜に行われる予定だったそうです。

隣り合う国の首脳が、片方の故郷とされる古い町で会い、夕食と伝統芸能でもてなす。報道資料には、信頼と友好を深める機会になる、といった穏やかな文言が並んでいました。

準備に入った迎賓施設では、前日の午後から席札と献立表の確認が行われていたそうです。長机の中央には、二つの国旗を模した小さな飾りが置かれ、椅子は必要な数だけ、ぴたりと揃えられていました。

けれど、配膳係のひとりが最初に気づいたのです。

主賓席の間に、もう一脚、椅子が増えている。

折りたたみでも予備でもなく、他の椅子と同じ布張りで、背もたれには薄い金糸の縁取りがあったそうです。誰かが間違えて置いたのだろうと片づけられましたが、数分後に戻ると、また同じ場所に置かれていたといいます。

椅子の前には、白い皿が一枚。

まだ料理は運ばれていないはずなのに、その皿の縁だけが、食事を終えたあと濡れ布巾で拭いたように曇っていたそうです。

翌朝、献立表の刷り直しがありました。夕食の品目、伝統公演の時間、火曜日の進行順。どれも問題はありませんでした。

ただ、一枚だけ、控室の机に残っていた献立表の余白に、見覚えのない行が加わっていたそうです。

「一皿目 故郷へ戻る者」

印字ではなく、紙そのものがそこだけ少し沈んでいるような文字でした。誰が書いたのか確かめようとしても、筆跡というものがない。指でなぞると、そこだけ紙が冷たかったといいます。

職員たちは、その紙を破棄しました。

けれど、午後になると、舞台側の床に同じ言葉が残っていました。伝統芸能の出演者が立つ位置を示す白いテープの内側に、細い粉でなぞられたように、「戻る者」とだけ読めたそうです。

掃いても、拭いても、照明を落とすと浮かび上がる。

奇妙なのは、その粉が床の上にあるのではなく、床板の木目の下から白く透けているように見えたことでした。

当日の夕方、会場には予定通り人が入りました。会食はまだ始まっていません。写真撮影の位置、通訳席、警備の動線、すべてが確認されていました。

その時、客席側の端にいた係員が、空の主賓席のほうから、器を置く小さな音を聞いたそうです。

こつ、と。

続いて、箸を揃える音がしました。

見れば、例の椅子がまた戻っていました。二つの主賓席の間に、まるで最初からそこだけ空けられていたかのように、静かに収まっていたといいます。

皿の上には何もありません。

けれど、皿の中心にだけ、湯気が立っていました。

誰かが近づくと、湯気は人の顔の高さまで細く伸び、そこでふっと横へ曲がったそうです。まるで、左右の主賓席を順番に見比べているようだったといいます。

その場にいた者のうち、ひとりだけが、小さな声を聞いたそうです。

「一月には、そちらへ行った」

そう聞こえたのだといいます。

一月に行われた最初の会談のことを思い出した者もいたそうです。あれもまた、別の故郷で行われた、と報じられていました。

その後、椅子は片づけられました。皿も下げられました。会食は予定通り始まり、伝統公演も滞りなく終わったとされています。

けれど、翌朝、会場を清掃した職員が、主賓席の間の床に、丸い跡を見つけました。

皿の底の跡でした。

そこだけ床の艶がなく、木目がうっすら湿っていたそうです。さらに、その丸い跡の内側には、細い字でこう浮かんでいたといいます。

「次は、どちらの故郷へ」

その跡は、昼には消えました。

ただ、会場で使われた献立表の保管箱を開けると、一枚だけ余分に入っていたそうです。紙面には料理名も日付もなく、中央に薄く、丸い皿の跡だけが残っていたといいます。

誰もそれを招待状とは呼びませんでした。

けれど、次の会談の日程が報じられるたび、同じ町の迎賓施設では、使っていない食器棚の奥で、一枚だけ皿が鳴るそうです。

まだ、料理を待っているのかもしれません……そんな話を聞きました。

この怪談は、以下の記事をきっかけに生成されたフィクションです。

South Korea’s Lee, Japan’s Takaichi to meet on Tuesday, Seoul says

reuters.com
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