下り道の印

写真怪談

坂の多い町では、地図に載っている道と、足が覚えている道が少し違うことがある。

その坂は、石垣に挟まれて海のほうへ落ちていくような細道だった。昼間は明るい。電線は空を雑に縫い、木々は石垣からはみ出し、青いトタンの家が斜面に貼りついている。けれど、坂の途中に立つと、なぜか下だけが妙に静かだった。

町内会の古い人たちは、そこを「数え坂」と呼んでいた。理由を聞いても、誰もはっきり答えない。ただ、坂を下りる途中で白い印を見たら、数を声に出すな、とだけ言われていた。

最初の印は、コンクリートの壁にあった。

白いチョークで、五十七、五十八、五十九。ほかにも日付のようなもの、ひび割れを示す線、丸で囲まれた小さな穴。工事の点検跡に見える。ただ、その壁は役所の管理区域ではなく、誰に聞いても「あそこに点検は入っていない」と言われた。

ある日、近所の男がその坂を下りた。昼の買い物帰りで、片手にスーパーの袋を提げていたという。三本のコンクリート梁が頭上を横切る細い通路まで来たとき、背中のほうで、かち、と金属音がした。

振り向くと、誰もいない。見えるのは、錆びた配管と、丸い弁が二つ。水路の上に渡されたその管は、赤茶色に膨れ、触れなくても鉄の匂いがした。

次に音がしたとき、配管ではなく、壁のほうが変わっていた。

白い「五十七」の横に、短い線が一本増えていた。誰かが今、そこに書き足したように粉が新しい。男は気味が悪くなって歩き出した。坂を下り、青いトタンの家の横を抜け、通りに出た。

そこから先が、うまく思い出せないという。

家へ帰ったつもりだった。だが鍵が合わなかった。表札も違う。隣の家に助けを求めると、そこに住んでいる人たちは男を知らなかった。本人のスマートフォンには連絡先も写真も残っているのに、自宅の住所だけが空欄になっていた。

その夜、町内会長が数人を連れて坂へ行った。

壁の印は増えていた。五十七、五十八、五十九の下に、新しく「六十」が書かれていた。書いたばかりのように白く、指でこすると粉がついた。けれど、その粉はチョークではなかった。湿った骨を削ったような、冷たいざらつきがあったという。

翌朝、男は見つかった。

坂の上の水路脇、錆びた配管の下に座り込んでいた。怪我はない。ただ、服の背中一面に白い粉が付いていて、首筋には細い赤錆の筋が一つ、縦に流れていた。本人は「家に帰れない」と繰り返すだけだった。

町内会長が役所へ相談し、壁の白い印を消すことになった。水で流し、ブラシでこすり、最後に高圧洗浄までした。作業が終わった壁は、ただの灰色のコンクリートに戻った。

だが、その日の夕方、別の場所に印が出た。

男の元の家の玄関脇だった。表札を外した跡のような四角い白濁の中に、五十九、と小さく書かれていた。さらに下には、あの坂の壁と同じ日付が刻まれていた。平成二十六年十二月四日。

その家は、それ以来ずっと空き家になっている。

坂の壁には今も、ときどき白い線が戻る。数は増えたり減ったりする。ただ、五十九だけは消えない。雨のあとでも、夏の日差しでも、そこだけ粉を吹いたように残る。

下り坂の途中で、頭上の梁の影が三本重なったとき、錆びた弁のほうから小さく、かち、と鳴ることがある。

その音を聞いた人は、絶対に壁の数字を見てはいけない。

見てしまうと、坂はその人の住所を一つ、町から削り取る。残るのは白い印だけだ。誰かが確かにそこにいた、という、消しても戻る点検跡のようなものだけが。

この怪談は、実際の写真から着想を得て構成されたフィクションです。

 

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