その音楽ホールのロビーには、針金で作られた小さなオーケストラが飾られている。
白い台の上に指揮者が立ち、その周りに譜面台、弦楽器、管楽器、打楽器らしきものが並んでいる。どれも人の手のひらに乗るほど小さく、顔は丸い輪だけで、表情はない。それなのに、夕方の光を受けると、まるでこれから本当に演奏を始めるように見えるのだという。
そのホールで、数か月前に亡くなった地元出身の打楽器奏者を偲ぶようなライブが行われた夜のことだった。
出演者たちは名前を出さなかった。ただ、曲の合間に何度も客席の奥へ目をやり、最後の曲が終わると、ステージの中央より少し後ろ、誰も座っていない場所へ深く頭を下げた。客席は泣きながら笑っていた。悲しいのに、帰り際の顔はどこか明るかった。
閉館後、知人の女性職員がロビーの照明を落としていると、展示ケースのほうから、こつ、と小さな音がした。
最初はガラスが冷えた音だと思った。だが、少し間を置いて、また、こつ。さらに、こつ。最後にもう一度、こつ。
四つだった。
展示ケースの中を見ると、中央の指揮者の足元、白い台の上に、小さな丸い跡が四つ並んでいた。水滴ではない。針金の先で柔らかい粘土を押したような、浅いへこみだった。
彼女は首をかしげた。閉館前にはなかったはずだ。ケースには鍵がかかっている。中の人形に触れることなどできない。
翌朝、へこみは消えていた。
しかし、その日の昼過ぎ、ロビーを通った別の職員が妙なことに気づいた。針金の楽団の中で、譜面台の向きが変わっている。どれも少しずつ、中央ではなく、右奥の小さな打楽器のほうを向いていた。
誰かがいたずらしたのかと思って鍵を確認したが、異常はない。ケースの内側に指紋もない。ただ、右奥の小さな太鼓の前だけ、白い床に影が濃く落ちていた。
その影は、太鼓の影ではなかった。
細い棒を二本、そっと置いたような影だった。
それから数日、ロビーでは閉館後だけ四つの音がした。こつ、こつ、こつ、こつ。大きくもない。怖がらせるような音でもない。むしろ、誰かが合図をしているような、慣れた手つきの四拍だった。
不思議なのは、その音が聞こえた夜に限って、忘れ物がひとつも出なかったことだ。
普段なら傘やタオル、チケットの半券、花束の包装紙が必ず残る。けれど四拍が鳴った夜は、客席もロビーもきれいだった。まるで、帰る人たち全員の背中を、誰かが最後まで見送っていたみたいに。
一週間後、ホールでは小さな追悼展示が片づけられた。ロビーの隅に置かれていたメッセージ帳も閉じられ、花も下げられた。女性職員は最後に、針金オーケストラのケースを拭いた。
そのとき、ガラスの内側に白い曇りが出た。
息を吹きかけたような丸い曇りだった。だが、彼女は外側を拭いている。内側に息をかけられるはずがない。
曇りの向こうで、指揮者の針金の腕が、ほんの少し下がって見えた。
礼をしたのだと思った瞬間、背後のホールの扉の向こうから、客席いっぱいの拍手が聞こえた。
閉館後である。中には誰もいない。ステージも真っ暗で、客席の照明も落ちている。それでも拍手は、遠くの雨のように静かに満ちて、すぐに消えた。
女性職員は怖くて動けなかった。だが不思議と、逃げたいとは思わなかった。涙が出たという。理由は分からない。ただ、あの拍手が、別れではなく、続きを送る音に聞こえたのだそうだ。
翌朝、展示ケースの中に変化があった。
針金の指揮者の前にある小さな譜面台に、紙など置かれていないはずなのに、影だけがあった。五線譜のような細い影が、白い台の上に斜めに伸びている。
その影の端に、丸いへこみが四つ。
こつ、こつ、こつ、こつ。
女性職員は、誰にも報告しなかった。写真を撮ろうとも思わなかった。撮ってしまえば、それは怪異の証拠になってしまう。けれど彼女には、あれを怪異だけにしたくなかった。
今でもそのホールでは、夜の片づけが終わるころ、展示ケースの前を通る職員がいる。
音がする夜もある。しない夜もある。
ただ、ひどく疲れた日や、誰かが泣きながらホールを出ていった日には、中央の指揮者の影が少しだけ長く伸びる。そして右奥の小さな太鼓の前に、二本の細い影がそろう。
それを見ると、職員たちは自然に足を止める。
四つ数えてから、ロビーの明かりを消す。
そのほうが、きれいに一日が終わるからだという。
この怪談は、実際の写真から着想を得て構成されたフィクションです。

