道路維持の巡回は、たいてい目立たない場所から面倒が出る。
佐久間さんがその小屋を担当することになったのは、山を削って通した高速道路と、後から谷側へ伸ばされたバイパスのあいだにある、細長い管理用地だった。上は高架の腹が暗くかぶさり、横では車が途切れず走っている。だが二本の道路に挟まれたその土地だけは、時間から置き忘れられたように草が盛り上がっていた。
バイパス側のガードレールには、町名の入った小さな注意札が貼られていた。「犬のフンはあとしまつを」。その向こうに、錆びた柵と、南京錠で閉ざされた門が見える。門は青とも緑ともつかない塗装が剥げ、鉄格子の下半分には赤黒い錆が溜まっていた。奥には物置小屋があった。白い壁板、閉じたシャッター、波板の屋根。昔は道路資材を入れていたのだろうが、今は蔓と枝に半分飲まれている。
巡回依頼は単純だった。繁茂した枝が視距を妨げそうなので、敷地境界を確認し、必要なら伐採業者へ回す。佐久間さんは門の前で写真を撮る代わりに、いつもの点検札を鎖へ結んだ。黄色い樹脂の札に、日付と自分の名前を書く。
その時、南京錠が鳴った。
風で揺れた音ではなかった。鍵穴の奥から、細い金属を爪で弾いたような、きん、という音がした。佐久間さんが顔を近づけると、外側に垂れているはずの鎖が、門の内側へ向かって張った。誰かが小屋のほうから引いているように、錆びた輪が一つずつ固く噛み合った。
門の向こうには誰もいない。草も動かない。すぐ横を車が走っているのに、その瞬間だけ、道路の音がひどく遠かった。
翌日、佐久間さんは同僚を連れて戻った。
黄色い点検札は残っていた。ただし、結んだ位置が違っていた。前日は南京錠のすぐ横、外から見える鎖の輪に付けたはずだった。それが今は、門扉の格子を二本越えた内側にあった。札の結束バンドは切れていない。鎖も外れていない。南京錠も、昨日と同じように外側にぶら下がっている。
「誰か入ったんじゃないですか」
同僚はそう言ったが、門の下の草は踏まれていなかった。地面には新しい足跡もない。ただ、門の内側のコンクリートだけに、細い錆の粉が一本、線のように引かれていた。小屋のシャッターから門へ向かう線ではない。門から小屋へ、何かを引きずっていった跡だった。
二人は鍵の管理簿を調べた。だが、その物置小屋に該当する鍵番号はなかった。昔の台帳には「資材置場」とだけあり、施錠方法の欄は空白だった。小屋そのものも、道路の開通前に置かれた仮設物扱いで、撤去済みになっていた。
撤去済みの小屋が、目の前にある。
三日目、佐久間さんは門の錠前を確認しようとして、そこで初めてはっきり怖くなった。
南京錠の鍵穴が、内側を向いていた。
昨日までこちらを向いていたはずの鍵穴が、門の向こう側を向いている。錠前の胴体は鎖に通ったままで、向きだけが反転していた。南京錠は閉じている。鎖も閉じている。なのに、開ける側だけが、向こうへ行っていた。
同僚がボルトクリッパーを取りに車へ戻った。その間、佐久間さんは一人で門の前に立っていた。高架の下から冷たい影が伸びてきて、柵の錆が急に黒く沈んだ。バイパスを走る車の音が、また薄くなった。
その代わり、門の奥で、布が擦れる音がした。
小屋のシャッターの隙間に、細い橙色が見えた。道路作業員が着る反射ベストの色だった。だがそこに人がいる高さではなかった。シャッターの上のほう、屋根に近い暗がりに、肩の幅だけがぶら下がっているように見えた。
佐久間さんが一歩下がると、門の鎖がかすかに緩んだ。
そして黄色い点検札が、内側から外へ戻ってきた。
格子の隙間を通ったわけではない。札は鎖に結ばれたまま、こちら側へ移っていた。結束バンドは相変わらず切れていない。ただ、札の裏面に、前日まではなかった黒い錆の跡がついていた。人差し指ほどの細い線が五本。門の内側から、誰かが札を握って押し出したような跡だった。
その日は作業を中止した。
後日、撤去業者が入った。立会いの時、佐久間さんは現場へ行かなかった。報告書によれば、南京錠は普通に切断され、門は問題なく開いたという。小屋の中には古いカラーコーン、割れた矢印板、腐ったロープが少し残っていただけだった。反射ベストはなかった。
ただ、業者が持ち帰った南京錠だけは、処分前の保管箱の中で見つからなくなった。
代わりに、佐久間さんの事務机の引き出しから、黄色い点検札が一枚出てきた。現場で回収されたものとは別の札だった。日付も名前も、彼の字で書かれている。
裏には錆の線が五本ついていた。
その線の中央に、針で引っかいたような小さな字があった。
「内側確認済」
佐久間さんは、あの土地の前を通るたび、今でも見ないようにしているという。
柵は撤去された。小屋もなくなった。草も刈られ、バイパスの脇にはただの空き地が残っている。それでも、ガードレールの向こうを車で通ると、一瞬だけ視界の端に青錆びた門が立つことがある。
門には鎖がかかっている。
南京錠の鍵穴は、いつも向こうを向いている。
この怪談は、実際の写真から着想を得て構成されたフィクションです。


