出発済の信号

写真怪談

駅の構内に並ぶ出発信号は、どれも山の方角を向いたまま、列車の来ない昼を赤く塞いでいた。

八番線の出発信号は、昔から少しだけ点くのが遅かった。

保線区の人たちはそう言って笑っていた。山の稜線を背に、架線柱が何本も重なり、線路が奥でほどけたり結び直されたりする場所だった。信号機には「8R」「7R」「31R」「32R」と札があり、その下に白い字で「出発」と出ている。

その日の昼、構内の全信号が赤になった。

列車は入っていない。ダイヤにも空白があり、制御盤にも在線表示はなかった。それなのに、赤だけが点いている。遮るもののない夏の光の中で、信号の赤は妙に濡れて見えた。

最初に異変に気づいたのは、信号担当の三浦さんだった。

点検用の端末を見ると、8Rの欄にだけ「出発済」と表示されていた。列車番号は空欄。時刻は十二時十四分。三浦さんがそれを見たのは十二時十三分だった。

一分あとに済んだことが、もう記録されている。

上司に報告しようとしたとき、構内の奥から、架線が鳴った。風ではない。一本だけがびん、と震え、それに遅れて隣の架線が震えた。見えない列車が、ゆっくりパンタグラフを擦って進んでいるような音だった。

だが線路の上には何もいない。

赤信号の光だけが、順番に奥へ送られていった。8R、7R、32R、31R。普通なら同時に見える赤が、一つずつまばたきする。最後にいちばん手前の小さな信号が点いた瞬間、線路の分岐器が、かちり、と動いた。

三浦さんは外へ出た。

砕石の上は焼けるように熱かったのに、分岐器の中央だけが冷えていた。そこへ手を近づけると、冬のレールみたいな冷たさが皮膚を刺した。よく見ると、鉄の表面に水滴がついている。昼の直射日光の下で、そこだけ霜が降りたように白かった。

その白い跡は、車輪の幅で二本、奥へ続いていた。

誰も通っていない線路に、通ったあとだけがある。

三浦さんが後ずさると、背後で赤い光が強くなった。振り返ると、8Rの信号の下にある「出発」の札が、さっきより黒ずんでいた。文字の白だけが浮いている。まるで、内側から何かが熱を持ち、黒い板をゆっくり焦がしているようだった。

そのとき、端末が震えた。

画面には新しい記録が増えていた。

「8R 出発済」
「7R 出発済」
「32R 出発済」
「31R 出発済」

時刻はどれも十二時十四分。まだ十二時十三分だった。

三浦さんは端末を握ったまま、詰所へ戻ろうとした。だが足元の線路が、さっきと違っていた。分岐の先に、本来ないはずの細いレールが一本増えている。錆びてもいない。新品でもない。表面だけが赤信号を映したみたいに鈍く濡れていた。

そのレールは、山のほうへ続いているように見えた。

もちろん、そんな線路はない。地図にも設備図にもない。だが架線柱の影の間を縫って、細い一本だけが奥へ奥へと伸びている。線路の先には、夏霞の山しか見えないはずだった。

山の斜面に、赤い点がひとつ灯った。

信号だった。

三浦さんはそこで意識を失った。

見つかったのは十分後だった。彼は8R信号機の真下で倒れていた。熱中症だろうと判断されたが、救急搬送の前に、同僚が奇妙なものを見つけた。

三浦さんの右手の甲に、「出発」の文字が白く浮いていた。

ペンでも火傷でもない。皮膚の色がそこだけ抜け、信号札の文字と同じ角ばった形になっていた。こすっても消えず、病院でも原因はわからなかった。

その日の点検記録は、あとで削除されたことになっている。

けれど制御盤の古いプリンタから、一枚だけ紙が出てきた。印字は薄く、日付も途中で途切れていたが、最後の行だけは読めた。

「三浦 出発済」

それ以来、昼の構内で全信号が赤になることはなくなった。

ただ、8Rの信号だけは、いまも時々、列車がいない時間に点くという。赤く点いて、消える。そのたびに、信号札の下の黒い板に、白い文字が一瞬だけ増える。

「未着」

三浦さんは退院してから、一度も駅へ戻っていない。

けれど彼の家の窓には、昼になると赤い丸が映るらしい。カーテンを閉めても、雨戸を下ろしても、山の方角から小さな赤が差し込んでくる。

そして右手の甲の「出発」は、少しずつ薄くなっている。

その代わり、反対の手に、新しい文字が浮かびはじめた。

「到着」

この怪談は、実際の写真から着想を得て構成されたフィクションです。

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