大陸の通販大手が、対話だけで商品を探し、比べ、買える仕組みを近く始めるという記事が出たのは、五月初旬のことだったそうです。
扱う品数は四十億点を超え、買い物の好みや注文履歴をもとに勧めるものを変え、仮想試着や三十日間の価格追跡まで含まれる、とありました。
それを読んだ都内の翻訳会社の女性は、仕事用の端末で記事を開いたまま、昼休みに靴下を一足だけ注文したそうです。
国内の別の通販でした。対話型でもなく、海外の店でもありません。ただ、商品名を検索して、灰色の靴下を一足、カートに入れただけです。
注文完了の画面には、配送予定日と、返品可能期間が表示されていました。
三十日間。
その数字だけが、妙に薄く見えたといいます。
翌朝、机の上に小さな紙袋が置かれていました。まだ発送通知も来ていないはずでした。宛名はありません。中には、注文したものと同じ灰色の靴下が入っていました。
ただし、片方だけでした。
袋の底には、レシートのような細い紙が一枚ありました。
「比較中」
それだけが印字されていたそうです。
女性は同僚に見せました。同僚は冗談だと思い、検索履歴を見ようとしました。けれど、注文履歴の画面には靴下がありませんでした。代わりに、見覚えのない項目が一つ増えていました。
「あなたに似合わなかったもの」
開くと、四十億点などという大きな数とは無縁の、狭い画像一覧が出たそうです。
割れたマグカップ。
片方だけの手袋。
名前の消えた社員証。
折り目のついた母子手帳。
そして、薄暗い玄関に置かれた靴。
どれも商品写真のように白い背景で撮られているのに、最後の靴だけは違いました。玄関のたたきの上で、つま先がこちらを向いていました。
女性の部屋の玄関でした。
その日の夜、女性は帰宅して玄関の照明をつけました。靴は普通にそろっていました。けれど、朝にはなかった小さな紙袋が、またドアの内側に置かれていたそうです。
中には靴下のもう片方が入っていました。
底の紙には、こうありました。
「三十日目に返却してください」
返品ではなく、返却。
その違いを誰かに尋ねようとして、女性は端末を開きました。すると通販サイトではなく、昼に読んだ記事の画面が表示されていました。そこには存在しないはずの一文が、本文の途中に挟まっていたそうです。
「購入者が商品を選ぶのではなく、商品が購入者を通過する」
もちろん、再読み込みするとその一文は消えていました。
それから三十日間、女性の部屋には毎朝、何かが届いたそうです。
欠けたボタン。
誰のものでもない鍵。
湿った紙のしおり。
短く切られた髪。
小さな子ども用の靴下。
すべて一つずつで、必ず細い紙が添えられていました。
「比較中」
「仮に合わせています」
「価格追跡中」
「履歴を参照しました」
「返品窓は閉じません」
女性は何も買っていませんでした。けれど、部屋の中のものは少しずつ減っていったそうです。最初は古い領収書。次に、冷蔵庫の貼り紙。次に、玄関の合鍵。最後には、洗面台の鏡に映る自分の肩のあたりだけが、少し薄くなっていました。
三十日目の朝、紙袋はありませんでした。
その代わり、玄関の外に大きな段ボール箱が置かれていました。宛名はなく、差出人もありません。箱の側面に貼られた伝票には、商品名の欄だけが印字されていたそうです。
「注文履歴」
開けると、中は空でした。
ただ、箱の底にスマートフォンが一台ありました。女性のものではありません。画面には買い物アプリのようなものが開いていました。
そこには、女性の部屋が表示されていました。
テーブル、椅子、床、壁、玄関。どれも小さな商品画像のように並んでいて、価格の代わりに「残り日数」がついていました。
そして一番下に、女性自身の写真がありました。
撮られた覚えのない、玄関に立っている写真です。灰色の靴下を片方だけ履いて、もう片方の足は裸足でした。
残り日数は、三十日。
女性はそのスマートフォンを警察に届けようとしたそうです。けれど署へ向かう途中、画面に通知が出ました。
「返却先が近づいています」
その通知を最後に、女性は交差点で立ち止まりました。信号が変わっても動かず、通行人が声をかけた時には、手に持っていたはずのスマートフォンだけが残っていたそうです。
画面には、新しい商品一覧が開かれていました。
灰色の靴下。
片方だけ。
価格はありません。
ただ、「あなたの好みに基づくおすすめ」とだけ表示されていたそうです……そんな話を聞きました。
この怪談は、以下の記事をきっかけに生成されたフィクションです。
Alibaba to integrate Qwen AI with Taobao, launch agentic shopping, source says
reuters.com

