113体目の落札箱

ウラシリ怪談

その出品を見つけたのは、4月の終わりだったそうです。

官公庁のインターネット公売に、同じぬいぐるみが112体、まとめて出されていました。見積価格は10万円。公売保証金は1万円。参加申し込みは4月14日13時から4月27日23時までで、入札は5月11日13時から5月13日23時まで。

どれも、公売の条件としてはありふれた数字です。けれどその人は、なぜか「13時」と「23時」だけを何度も見返してしまった、と話していたそうです。

その時はまだ、ぬいぐるみのタグに同じ数字が浮き出ることなど、知るはずもありませんでした。

その人は古物の転売をしていました。壊れた家電、古い玩具、閉じた店の什器。そういうものをまとめて落として、磨き、撮り直し、値をつけて出す。特別な目利きというほどではなく、ただ、他人が面倒がる数を数えるのが苦ではない人だったといいます。

112体のぬいぐるみは、写真で見るかぎり同じ顔をしていました。茶色い毛。丸い耳。首の布。袋に詰められ、保管棚の前で山のようになっている。けれど1枚だけ、奥の段ボールを写した写真があり、そこに白いものが小さく見えたそうです。

ぬいぐるみではありませんでした。

角の多い、手のひらほどの白い塊です。正20面体のようにも見え、玩具のパズルのようにも見える。画像を拡大すると、面の1つに、小さくRで始まる7文字の傷がありました。

その人は、昔ネットで読んだ怪談を思い出したそうです。

骨董屋で見つかった、動物の形に変わる白い立体。押して、回して、引くうちに、獣から鳥へ、魚へ、そして最後は門になるという話です。

ただ、その写真の白い塊は、ぬいぐるみ112体の中に、偶然紛れたように置かれていました。商品説明にも書かれていません。質問欄にも誰も触れていない。112体を引き取る手間を考えると入札者は少なく、結局、その人が落札したそうです。

届いた箱は、全部で6箱でした。

伝票の個数欄には「6」とありました。けれど玄関先に積まれた段ボールには、鉛筆で小さく「1/6」「2/6」と書かれているのに、最後の箱だけ「6/6」ではなく、「6/門」と読める線が引かれていたといいます。

配達員に尋ねても、分からないと言われました。雨の日でもないのに、その箱だけ底が少し冷えていて、運び入れたあとも床に薄い四角い跡が残ったそうです。

開封して、数を数えました。

1箱に20体前後。袋から出し、顔を上にして並べていく。11、12、13。だんだん部屋が同じ目で埋まっていくようで、その人は途中から数を声に出すのをやめたそうです。

全部で、112体。

数は合っていました。

ただ、6箱目の底に、例の白い立体はありませんでした。写真で見たはずのものは影も形もなく、代わりに、ぬいぐるみの1体だけが異様に重かったといいます。腹のあたりを押すと、中に硬いものがある。縫い目をほどくと、白い20面体が、綿に包まれて出てきました。

面にはやはり、Rで始まる7文字の傷がありました。

説明書はありません。けれど古い紙片が1枚だけ、綿に貼りついていたそうです。ラテン文字のようなものと、読めない手書きの線。その端に、日本語でこう書かれていました。

「同じ顔にしておくこと」

その人は気味悪がりながらも、立体を机に置きました。売れるかもしれない、と思ったのだそうです。ぬいぐるみ112体より、その白いもの1つの方が、よほど値がつくように見えたのかもしれません。

最初に動いたのは、深夜でした。

机の上の白い立体が、かすかに傾いたそうです。地震ではありません。部屋に並べた112体のぬいぐるみの首が、ほんの少しだけ同じ方向を向いていました。窓でも、扉でもなく、机の上の白いものを見ているようだったといいます。

その人は、触らなければいい、と決めました。

けれど翌朝、出品用に1体ずつ写真を撮ろうとすると、最初の1体のタグに、見覚えのない数字が印刷されていました。

「13:00」

別の1体には「23:00」。

また別の1体には「4/14」。

さらに別の1体には「5/13」。

タグはもともと同じはずでした。古びた紙に型番のようなものが印刷されていただけです。それが、夜のうちに申し込み時刻や入札期間の数字へ置き換わっていたそうです。

気味が悪くなり、その人は白い立体を段ボールへ戻そうとしました。

その時、指が面の1つを押してしまいました。

かち、と小さな音がして、立体の角が内側へ沈みました。すると、ぬいぐるみの列のどこかで、綿を吸うような音がしたそうです。見ると、1体だけ、丸い耳が少し尖っていました。

熊のような顔だったものが、耳だけ別の獣になっていました。

その人は立体から手を離しました。けれど白いものは、ゆっくり机の上で向きを変えたそうです。勝手に回転したのではありません。まるで、机の木目の下から何かが押しているように、1面ずつ、静かにずれていく。

そのたび、ぬいぐるみのどれかが変わりました。

耳が伸びる。鼻が尖る。目の黒い樹脂の中に、細い線が入る。綿の腹が硬くなり、布の下に羽根の骨のようなものが浮く。

112体のうち、何体変わったのか、もう数えられなかったそうです。

その人は20面体を布で包み、元の6箱目へ入れ、ガムテープで封をしました。落札したものを処分するにも金がかかる。返品はできない。だから倉庫に預けてしまおうと考えたといいます。

ところが、集荷に出すため伝票を書こうとした時、品名欄に先に文字がありました。

「公売保証金 1門」

1万円ではなく、1門。

誤字だと思い、2重線で消しました。すると消したはずの「門」の字が、伝票の下の複写紙にだけ濃く残ったそうです。さらにその下、住所欄の最後に、知らない部屋番号が増えていました。

その人の部屋の番号より、1つ奥の番号でした。

その建物に、そんな部屋はありません。

それでも翌日、集荷の者は来なかったそうです。代わりに、午前中から公売サイトの落札履歴が開かなくなりました。履歴だけではありません。出品ページそのものが残っていたといいます。落札済みのはずなのに、まだ入札できる状態で、終了時刻は「5月13日23時」のまま止まっていました。

商品写真も変わっていました。

保管棚の前に積まれたぬいぐるみではなく、その人の部屋が写っていました。畳の上に並べた112体。机の上の白い立体。奥に、封をしたはずの6箱目。そして部屋の隅に、開いていない小さな扉の影。

その写真は、撮った覚えがない角度からでした。

慌てて部屋を見回すと、壁には扉などありませんでした。けれど、112体のぬいぐるみの目だけが、写真の中と同じ角度で、壁の1か所を見ていたそうです。

その夜、白い立体が箱の中で鳴りました。

かち。

かち。

かち。

段ボール越しの音なのに、机の上で触っている時より近く聞こえたといいます。音に合わせて、ぬいぐるみの首が少しずつ持ち上がりました。全部ではありません。最初にタグが変わったもの、耳が尖ったもの、目に線が入ったもの。それらが、ゆっくり壁の方へ向きをそろえていく。

壁紙の継ぎ目が、縦に濃くなっていました。

扉の形でした。

その人は、6箱目のガムテープを剥がしました。中に入れたはずの白い立体を取り出そうとしたのです。けれど箱の中にあったのは、ぬいぐるみでした。

113体目。

顔は他と同じでした。ただし腹の縫い目だけがほどけていて、中から白い角が少し見えていました。人が隠しているのではなく、何かが中からこちらを見せているようだったそうです。

その人はそれを抱え、玄関を開け、外へ出ようとしました。

廊下には、同じ段ボールが6箱並んでいました。

すべて開封前でした。伝票には「落札物件」とあり、個数は「6」。そして最後の箱だけ、やはり「6/門」と書かれていました。

部屋の中から、ぬいぐるみの綿が擦れる音がしました。

振り返ると、壁の継ぎ目が少しだけ開いていたそうです。黒い隙間ではありません。向こう側は、白い面で埋まっていました。20面体の面が、いくつも、いくつも、奥へ重なるように並んでいたといいます。

その面の1つひとつに、同じぬいぐるみの丸い目が映っていました。

翌朝、その人のアカウントには新しい出品が1つ作られていたそうです。

「同一ぬいぐるみ112体」

見積価格は10万円。保証金は1万円。参加申し込みは、4月14日13時から4月27日23時まで。入札期間は、5月11日13時から5月13日23時まで。

日付はもう過ぎているのに、画面ではまだ受付中でした。

写真の1枚目には、保管棚の前で山になったぬいぐるみが写っていました。2枚目には、その人の部屋。3枚目には、白い立体。

そして4枚目は、壁の中から撮ったような写真だったそうです。

そこには、こちら側の部屋を覗き込む112体の顔と、その奥で1体だけ腹を開いたぬいぐるみが写っていました。腹の中の白い面には、小さく傷がありました。

Rで始まる、7文字。

その出品は、今も落札履歴にだけ残っているそうです。けれど、落札者の名前は空白のままです。

空白なのに、評価欄には1件だけ、短い言葉が残されているといいます。

「同じ顔にしておきました」

誰が書いたのかは、まだ確かめられていないそうです……そんな話を聞きました。

この怪談は、以下の記事をきっかけに生成されたフィクションです。

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