縞に読まれる朝

写真怪談

朝のビル前というのは、みんなが同じ方向へ流れていく。

入口へ向かう人、エスカレーターへ逸れる人、木陰を抜ける人。誰も立ち止まらない。誰も互いを見ない。ただ、白と灰色の細い敷石の上を、靴底だけが規則正しく渡っていく。

最初に違和感を覚えたのは、杖の音がしなかったからだという。

その広場には、毎朝、二本の杖を使う女性が通る。杖先が石を叩けば、硬い小さな音がして当然だった。けれどその朝だけ、杖は地面に触れているのに、音がまったくしなかった。代わりに、杖先が灰色の線に乗るたび、先端のゴムが少しだけ白く曇った。

粉でも泥でもない。消しゴムのかすのような、乾いた白さだった。

見ていた警備員は、清掃の薬剤が残っているのかと思った。だが、白くなるのはその人の杖だけではなかった。黒い革靴の踵、スニーカーの縁、キャリーケースの小さな車輪。誰も気づかないまま、灰色の線を踏んだところだけが、細く、同じ幅で白くなっていく。

まるで地面が、通る人を一本ずつ採寸しているようだった。

その日の昼、ビルの入退館ログに妙な記録が出た。

社員証をかざした人数と、入口カメラが数えた人数は合っている。エラーもない。なのに、システムの片隅に「未読取:縞」という項目が増えていた。警備員が確認すると、数字は朝の通勤時間だけ跳ね上がっていた。

未読取:縞 47

翌朝は、63。

三日目には、112。

不思議なのは、その数字が増えるほど、広場の灰色の線が少しずつ濃く見えることだった。雨も降っていないのに、敷石の溝だけが湿ったように暗くなり、遠くから眺めると、ビルの入口まで続く巨大なバーコードのように見えたという。

そして四日目、警備員は気づいた。

人々の歩幅が揃っている。

誰かが合わせているわけではない。急ぐ人も、ゆっくり歩く人も、途中でスマホを見る人も、敷石の灰色の線を踏む瞬間だけ、足の出し方が同じになる。右足、左足、少し空いて、また右足。広場全体が、音のない拍子で人を送っている。

その拍子から外れたのは、小さな子どもだった。

母親に手を引かれていた子どもが、ふざけて白い石だけを踏んで進もうとした。灰色の線を避けて、ぴょん、ぴょん、と跳ぶ。三つ目の白い石に着地した瞬間、その子の片方の靴が、きゅっと床に貼りついた。

母親が引いた。子どもは泣きそうな顔で足を抜こうとした。

靴はすぐ外れた。怪我もなかった。ただ、靴底に細い灰色の線が一本増えていた。最初からそういう模様だったみたいに、ゴムの中へ沈み込んでいる線だった。

その日のログは、こうなっていた。

未読取:縞 111
読取済:1

夜、清掃員がその広場を洗った。高圧洗浄機で敷石の溝を流し、薬剤を撒き、ブラシをかけた。白く曇った跡は消えた。灰色の線も、朝より薄くなったように見えた。

けれど翌朝、ビルの入口前にだけ、誰のものでもない靴跡が並んでいた。

大人の足跡ではない。子どもの足跡でもない。靴底の形ではなく、白と灰色の細い縞そのものが、足の裏の形に曲がって残っていた。つま先も踵もなく、ただ歩幅だけがある。入口へ向かってではなく、入口から出てくる向きで、まっすぐ広場の中央まで続いていた。

それを見た警備員は、もう誰にも話さなかった。

その日から彼は、朝の広場を歩く人の顔ではなく、足元だけを見るようになった。靴の裏に一本でも灰色の線を連れている人を見つけると、胸の奥が冷える。

なぜなら、その人たちは決まって、入口の手前で一度だけ足を止めるからだ。

ほんの一拍。

そして、自分の意思ではないように、次の灰色の線へ足を置く。

ビルは毎朝、人を受け入れているのではない。

あの縞が、読める形にそろえてから、中へ送っているのだという。

この怪談は、実際の写真から着想を得て構成されたフィクションです。

 

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