ある夏の日、盆地の町では、朝から道路の白線が揺れて見えるほどの暑さだったそうです。
その日、地域の熱中症対策を話し合う会議が開かれ、大学や商店など、三十一人の代表が集まりました。町なかのコンビニでは、来店客に冷たいおしぼりを手渡す取り組みも始まったといいます。
駅から少し離れた店でも、入口脇に発泡スチロールの箱が置かれました。
透明な袋に包まれたおしぼりを氷の上へ並べ、必要な人へ一本ずつ渡す。それだけのことでした。
ところが初日の夕方、店員が残りを数えると、朝に用意した数より一本多かったそうです。
増えていた一本には、商品と同じ透明な袋が使われていました。ただ、袋の内側に、小さな指の跡が五つ並んでいました。
子どもの手ほどの大きさでした。
翌日も、閉店前になると一本増えました。
その次の日には二本。
増えたものだけは氷に触れていないのに、指が痛むほど冷たかったといいます。
店員たちは気味悪がりましたが、ある年配の女性だけは、それを見て懐かしそうに笑いました。
女性は毎日のように、午後四時すぎに店へ来ていました。
水を一本買い、入口の長椅子で少し休み、冷たいおしぼりを首に当ててから帰る。それが夏の日課だったそうです。
「あの子も、こういう冷たい布が好きでした」
ある日、女性はそう言いました。
あの子、というのは、幼いころに亡くした娘のことだったそうです。
ずいぶん昔の夏、二人で買い物へ出た帰り、娘が暑いと言った。母親は、家までもう少しだからと歩かせた。その子は玄関へ着く前に座り込み、それきり目を開けなかったといいます。
女性は話し終えると、増えたおしぼりを一本だけ受け取りました。
袋を開けた瞬間、濡れた布から湯気のような白いものが立ったそうです。
冷たいはずなのに、女性はそれを両手で包みました。
「まだ冷たいね」
そう言うと、誰も座っていない隣へ、半分だけ差し出したといいます。
その日から、おしぼりは増えなくなりました。
女性も、店へ来なくなりました。
心配した店員が近所へ尋ねると、女性は七月七日の明け方、自宅の布団で亡くなっていたことが分かりました。
店でおしぼりを受け取った時刻より、十時間ほど前のことだったそうです。
防犯映像には、店員が入口へ向かい、何もない空間へおしぼりを差し出す様子だけが残っていました。
長椅子も、ずっと空のままでした。
ただ、映像の四時十二分ごろ、座面が二人分だけゆっくり沈みます。
大人一人と、小さな子ども一人。
それから、透明な袋がひとりでに開き、白い布が二つに折られました。
翌朝、長椅子の下から、そのおしぼりが見つかったそうです。
すでに乾いていましたが、布の片側には年配の人の手形が、もう片側には小さな五本の指が、うっすらと濡れて残っていました。
店員が天日に干しても、その二つの跡だけは乾きませんでした。
やがて店では、おしぼりの配布を終えました。
発泡スチロールの箱も片づけられました。
それでも暑さの厳しい日の午後四時十二分になると、入口の長椅子だけが、少し冷たくなるといいます。
時々、誰もいない座面に、水を飲み終えたあとのような小さな雫が、二人分並んでいるそうです。
どちらが迎えに来たのかは、誰も確かめていません。
ただ、その夏以降、あの店の前で倒れる人はいなくなった……そんな話を聞きました。
この怪談は、以下の記事をきっかけに生成されたフィクションです。
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