その午後、店先の洗濯機から、ねじが一本抜け落ちた。
十五年ほど前、まだ高校生だった松井は、友人と二人でそのリサイクルセンターの前を通った。
古い冷蔵庫や洗濯機、衣装ケース、自転車が、狭い軒下へ押し込まれていた。営業中なのか分からないほど雑然としていたが、奥には蛍光灯が点いていたという。
洗濯機から落ちたねじは、舗道を転がらなかった。
十字穴を上にして立ち、わずかに震えていた。
続いて冷蔵庫の背面から一本、乾燥機の側面から一本、自転車の泥除けから一本。小さな金属音を立てながら、あちこちのねじが反時計回りに緩み、次々と地面へ落ちていった。
落ちたねじは、すべて頭を上にして立った。
そして二列に並び、店の奥へ続く細い道を作った。
友人は気味悪がって先に行ったが、松井は軒下へ入った。誰かが仕掛けた悪戯だと思ったらしい。
足元で、かち、と音がした。
靴底に一本のねじが刺さっていた。
先端が食い込んでいるはずなのに、痛みはなかった。松井がしゃがんで引き抜くと、ねじは人肌ほどに温かく、溝には黒い糸のようなものが絡んでいた。
それを指で払った瞬間、正面の洗濯機が動いた。
電源コードは切断されていた。それでも内側の槽が一度だけ回り、金属同士を擦る低い音を立てた。
同時に、積まれていたすべての家電から音がした。
かち。
無数のねじが、一斉に四分の一回転した音だった。
松井の右手が勝手に握り締められた。
開こうとしても指が動かない。左手で無理やりこじ開けると、掌の中央に小さな円形のくぼみができていた。
くぼみの中には、鮮明な十字の溝があった。
その夜から、松井の身体には同じ痕が増え始めた。
指の腹。踵。肘の内側。肩甲骨の下。
最初は赤い圧痕に見えたが、数日すると中心が銀色に光った。爪で触れると硬い。皮膚の下へ、ねじの頭だけが埋め込まれているようだった。
病院へ行っても金属は見つからなかったという。
だが家で古い物を捨てるたび、痕は一つ増えた。
壊れた扇風機を粗大ごみに出した翌朝には脇腹に。炊飯器を買い替えた日には太腿に。錆びた自転車を処分したあとには、膝の裏に現れた。
痕が増える直前には、皮膚の内側で何かがゆっくり回った。
ぎり、ぎり、と肉を巻き込む感触がしたそうだ。
松井は、物を捨てられなくなった。
卒業後、彼とはしばらく疎遠になった。久しぶりに会ったのは、十五年近く経ってからだった。
松井の部屋は、壊れた家電で埋まっていた。
動かない掃除機、画面の割れたテレビ、蓋の閉まらない炊飯器、片輪のない自転車。直すつもりもないのに、壁際から天井近くまで積んであった。
「捨てると、戻ってくるんだ」
松井は袖をまくった。
腕には、何十個もの丸い膨らみがあった。どの中心にも十字の溝が刻まれていた。
そのうちの一つへ耳を近づけると、ごく小さな金属音がした。
ねじが、皮膚の下で空回りしていた。
部屋の退去が決まり、松井は仕方なく荷物を処分し始めた。最後まで残した壊れた炊飯器だけは、自分であのリサイクルセンターへ持っていったという。
店先の様子は、十五年前とほとんど変わっていなかった。
古い家電とケースと自転車が軒下を塞ぎ、看板だけが奥に見えていた。人の気配はなかった。
炊飯器を地面へ置いた途端、松井の全身でねじが回った。
皮膚が内側へ巻き上げられ、腕や胸の膨らみが次々と盛り上がった。十字の溝から血は出なかった。代わりに、錆びた水が細く滲んだ。
炊飯器の底から、ねじが一本抜けた。
それは地面へ落ちず、松井のほうへゆっくり滑ってきた。
十五年前、靴底から引き抜いたものと同じねじだった。溝には、色褪せた制服の繊維が絡んでいた。
松井は炊飯器を抱え、逃げ帰った。
翌朝、身体にあった痕が一つ消えていた。
その次の朝には、二つ。
痕が消えるたび、部屋に残した家電から一本ずつねじがなくなった。
冷蔵庫の扉が傾き、棚が歪み、自転車の車輪が外れた。それでも松井は、身体が元に戻っているのだと思い、喜んでいた。
一週間後、様子を見に行くと、部屋の中央に大量のねじが並んでいた。
人ひとりが横になれる大きさの輪郭だった。
頭。肩。腕。胴。脚。
ねじだけで作られた人型の中央に、松井は立っていた。
身体の痕はすべて消えていた。
ただ、足の裏だけが床から離れなかった。
靴を脱がせると、両足の裏に十数本ずつ、ねじが深く打ち込まれていた。金属の頭と皮膚の境目はなく、肉がねじを覆って育っていた。
引き抜こうとすると、部屋に積まれた家電が一斉に揺れた。
かち。
すべてのねじ穴が、こちらを向いた。
松井は今も、その部屋から動けない。
家電を処分すれば、足のねじが一本ずつ深く入る。残しておけば、部屋のねじ穴が毎晩増える。
先日、話を聞いた者が自宅へ戻ると、洗濯機の背面からねじが一本なくなっていた。
床を探しても見つからなかった。
翌朝、右の掌がひどく痒くなった。
掻いた皮膚の下から、銀色の丸いものが見えた。
中心には、まだ浅い十字の溝がある。
耳を近づけると、それは今も、リサイクルセンターの方角へ向かって、ゆっくり回っている。
この怪談は、実際の写真から着想を得て構成されたフィクションです。

