商店街の端に、いつもシャッターを半分だけ下ろしている資材置き場があった。
中には青いコンテナ、赤や黄色のプラケース、古い段ボール、ビニールで巻かれた荷物、傘、台車、白い袋が押し込まれている。道から見ると、ただ片づいていないだけに見える。けれど近所の人は、あの場所の前を通るとき、少しだけ歩幅を詰める。
隙間の高さが、日によって違うからだ。
手伝いで荷物の整理に入った女性は、最初それをシャッターの故障だと思った。錆びた巻き上げ機が途中で止まるのだろう、と。ところが奥の人から、低い声で「そこより上の物だけ動かして」と言われた。
そこ、というのは、下りたシャッターの端から奥へ伸びる薄い暗がりのことだった。
庫内に入ると、外から見たより狭かった。荷物はぎりぎり積まれているのに、どの箱も同じ高さのところで、うっすら白い線を持っていた。段ボールの角、青いコンテナの縁、卵の箱に印刷された緑の矢印、ビニールの巻き跡。全部に、横一文字の擦れがある。
ほこりだと思って、彼女は手袋で払った。
線は消えなかった。
むしろ払った指のほうに、薄い折り目がついた。布が裂けたわけではない。濡れた紙を一度だけ強く折って、乾かしたような跡だった。彼女が手を握ると、その折り目だけが曲がらず、指の動きから遅れてついてきた。
奥で、梱包用のビニールが鳴った。
ぴん、と張る音だった。
誰も触っていない。けれど青いコンテナを巻いていた透明なフィルムの中央が、内側から引かれたように白く曇った。曇りはまっすぐ横へ走り、隣の段ボールへ移った。段ボールの表面が少しだけへこみ、中に詰まっているはずの空気が抜けたみたいに、箱が薄くなった。
彼女は外へ出ようとした。
そのとき、足元にあった傘の橙色の柄が、ゆっくり起き上がった。傘は倒れたままだ。柄だけが、何もない空中に引っかかったように持ち上がり、シャッターの隙間と同じ高さで止まった。
そこから先は、動かなかった。
見ると、柄の丸い部分が半分だけ消えていた。折れたのではない。噛み切られたのでもない。ちょうど隙間の厚みぶんだけ、存在しない。上と下はつながっているのに、真ん中だけが、どこかへ預けられている。
彼女が店の人を呼ぶと、奥の返事はなかった。
代わりに、段ボールが一つ、前へ滑った。
「FRESH EGGS」と書かれた箱だった。中身は入っていないはずなのに、底を擦る音が重い。箱はシャッターの手前まで来て止まり、側面の緑の矢印だけが、ゆっくり下を向いた。
その瞬間、庫内の荷物が全部、少し低くなった。
崩れたのではない。沈んだのでもない。赤いケースも、黄色いケースも、白い袋も、積まれた位置はそのままなのに、さっきまであった高さが一枚ぶん抜けていた。棚と箱のあいだ、箱と箱のあいだ、人の目が追えない薄さで、場所だけが消えている。
シャッターの隙間は、広くなっていた。
彼女は走って外へ出た。シャッターをくぐるとき、背中に冷たいものが触れた。金属ではなかった。風でもない。押し入れの奥に長くしまわれていた布団の、潰れた湿気に似ていたという。
その夜、彼女の上着には横一文字の折り目が残った。
洗っても取れなかった。アイロンを当てると、折り目の下だけ布が縮んだ。翌朝、腕にも同じ線があった。痛みはない。ただ、その線を境に皮膚の温度が違う。上は自分の体温なのに、下は段ボールの内側みたいに乾いていた。
数日後、彼女の部屋で奇妙なことが起きた。
押し入れに入れていた季節外れの服の箱が、全部同じ高さでへこんでいた。箱の中の服は無事だったが、真ん中の一枚だけ、布の厚みがなかった。畳の上には、細い白い粉が横に残っていた。シャッターの錆ではない。段ボールの屑でもない。
その粉は、指で触れるとすぐ消えた。
けれど消えたあと、指の腹に小さな段差が残った。指紋が、その部分だけ飛んでいた。
彼女はもう、あの資材置き場の前を通らない。
ただ、最近は家の引き戸を閉めると、下に細い隙間ができるらしい。どれだけ強く閉めても、そこだけ閉まりきらない。夜中、その隙間から、ビニールが張る音がする。
ぴん。
朝になると、部屋の中の物が少しだけ低くなっている。
机も、棚も、積んだ本も、彼女自身の肩の高さも。
変化は写真に撮っても分からない。比べる前の高さが、どこにも残っていないからだ。ただ、床に置いた段ボールの側面には、毎朝、新しい横線が一本増える。
まるで部屋ごと、あのシャッターの下へ少しずつ保管されているみたいに。
この怪談は、実際の写真から着想を得て構成されたフィクションです。

