空荷の鉤

写真怪談

昼の現場で、影だけが先に落ちてきた。

赤と白のクレーンが三基、青すぎる空へ爪を立てていた。風はあるのに、いちばん右の黄色いフックだけが揺れない。ワイヤーはまっすぐ垂れ、吊り荷はない。なのに地面には、鉄骨を抱えたような大きな影が落ちていた。

朝礼のあと、若い作業員がその影を踏んだ。靴底がアスファルトに貼りついたように止まり、次の瞬間、足首だけが真横へ折れた。本人は叫んだが、声は上に吸われたみたいに細くなった。誰かが駆け寄るより早く、胸の安全帯が内側から締まり、体が一メートルほど浮いた。

フックは動いていなかった。

それでも、彼の体は何かに釣られた魚みたいに空中で跳ねた。ヘルメットが脱げ、地面に落ちて割れた。中に、黒い粉が溜まっていた。錆ではない。触ると冷たく、指紋の溝に沿って沈んでいく、古い煤のような粉だった。

救急車を呼ぶあいだ、別の作業員がクレーンの運転席へ確認に走った。運転士は何も操作していない。荷重計は「0.00t」のまま。だが一瞬だけ、表示がちらついた。

「0.061t」

六十一キロ。さっき浮いた若い作業員の体重と同じだった。

午後には現場を止めた。フックを地面近くまで下ろすと、鉄の表面に新しい傷が増えていた。ワイヤーの撚り目とは違う。爪で何度も引っ掻いたような、細い線が四本ずつ、左右に並んでいる。まるで何かが、フックを外側から握っていたみたいだった。

夕方、封鎖したはずの資材置き場でまた悲鳴が上がった。今度は誰もフックの下にいない。作業員の一人が、何もない空間に背中から叩きつけられ、鉄板の上を引きずられていた。肩、腰、太腿に、螺旋状の青黒い痣が巻きついていく。ワイヤーに縛られた痕に見えるのに、周囲には一本のロープもなかった。

彼は必死に両手を伸ばして、地面の継ぎ目を掴んだ。爪が剥がれそうになるほど食い込ませても、体は少しずつ持ち上がる。誰かが腰を抱え、誰かが足首を押さえた。三人がかりで引き戻した瞬間、頭上で金属が鳴った。

カン、ではない。

歯が噛み合う音だった。

全員が見上げた。三基のクレーンのフックが、いつの間にか同じ方向を向いていた。獲物を見つけた鳥の頭みたいに、黄色い鉤先だけが、ぴたりとこちらへ揃っている。

その夜、警備員が一人残った。翌朝、仮眠所は空だった。机の上に安全日誌が開いていて、最後の欄だけ筆圧が異様に深かった。

「空荷ではない。上にいる」

その下に、黒い粉で小さな手形が押されていた。大人のものではない。子どものように小さいが、指が一本多い。六本の指が、紙の上から下へ向かって、何度も何度も滑った跡があった。

現場は一週間閉鎖された。だが、通行人の話では、晴れた昼ほど見えるらしい。赤白のブームが青空に伸び、黄色いフックが静かに垂れている。その真下だけ、影が重い。何も吊っていないのに、影の端から、人の足のようなものが何本もはみ出している。

そして、その影を見上げた者の首筋には、翌朝、細い螺旋の痣が一本だけ残る。

吊られる順番を測られたみたいに。

この怪談は、実際の写真から着想を得て構成されたフィクションです。

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