土曜の昼休みの公園は、遊具だけが派手で、使う子どもの姿はなかった。
休日出勤の日だった。会社の休憩室には誰もおらず、弁当を食べる気にもなれないまま、近くの自販機で缶コーヒーを買って外へ出た。平日なら人の声が絶えない公園も、その日は妙に静かで、ベンチの影だけが濃く見えた。
缶コーヒーを片手にベンチへ向かう途中、鉄の手すりにタオルが掛かっているのが見えた。白地にネズミのキャラクターが大きく描かれ、その周りに小さな色違いの柄が並んでいる。忘れ物だろうと思ったが、変に目を引いた。風はほとんどないのに、タオルの裾だけが、内側からつままれているみたいに細かく震えていた。
缶のプルタブを開けたとき、かち、という音に混じって、ぷつん、と糸の切れる音がした。
見ると、タオルの右下から青い糸くずが一つ落ちた。落ちた、と思ったのに、それは地面まで届かず、手すりの灰色の塗装に貼りついた。小さな丸い毛玉だったはずのものが、じわっと平たくなり、刺繍の柄と同じ形になった。
私は目をこすった。タオルには、さっきまで青い柄があった場所だけ、白い穴のような空白ができていた。破れてはいない。布地はちゃんと残っている。ただ色だけが抜け、そこだけ新品のタオルみたいに白い。
缶コーヒーを飲みながらしばらく見ていると、今度は赤い糸がほどけた。次に黄色。紫。どの糸も下へ落ちず、手すりを伝って横へ移動し、等間隔に並んでいく。遊具の柵に、誰かが小さな飾りを一つずつ貼っているようだった。
公園の奥で、ブランコが一度だけ鳴った。
見ても誰もいない。黄色い滑り台の下にも、木製のデッキにも、人影はなかった。それなのに、手すりに貼りついた糸くずだけが、滑り台のほうを向いていた。柄に向きなどあるはずがない。けれど、丸い耳のような形も、細い腕のような形も、みんな同じ方向へそろっていた。
気味が悪くなって立ち上がると、缶の飲み口に白い繊維がついていた。
口をつけた覚えのない側だった。指で払うと、繊維は缶の内側へ入り込んだ。空き缶の底で、乾いた布を丸めるような音がした。缶はまだ半分ほど残っているはずなのに、振ると何も入っていなかった。
逃げるように公園を出た。
月曜の昼、通るつもりはなかったのに、同じ公園の前で足が止まった。手すりにタオルはもうなかった。誰かが回収したのだと思いたかった。
けれど、タオルが掛かっていた場所だけ、鉄の手すりの質感が違っていた。灰色の塗装の上に、薄い白い毛羽が一面に生えている。触ると硬い。布ではない。金属の表面そのものが、タオルのようにけば立っているのだ。
その白い部分の中に、昨日の色糸が並んでいた。
青、赤、黄色、紫。小さな柄が、手すりの上で一列になっている。その列は途中で途切れ、滑り台の階段へ向かって続いていた。段の縁にも、同じ色の糸くずが一つずつ貼りついている。
数えたくなかった。
けれど、数えるまでもなかった。
手すりから滑り台へ続く色糸の列の端に、ひとつだけ、タオルにはなかったものが混じっていた。
色がない。
白くて、湿っていて、まだ形になりきっていない。昨日見たタオルの柄とは違う。キャラクターでも、模様でもない。ただ、小さな手のひらを丸めたような形をしている。
滑り台の入り口で、誰かが順番を待つように、じっと縮こまっていた。
その日から、会社で缶コーヒーを飲むと、必ず飲み口に白い繊維がつく。拭いても取れない。指先でつまむと、ぷつん、と小さく切れる。
そして切れたあとには、机の上に色のない糸くずが一つ残る。
まだ何の柄にもなっていない、柔らかい、子どもの指先ほどの大きさの糸くずが。
この怪談は、実際の写真から着想を得て構成されたフィクションです。

