その街路樹の根元だけ、昼でも湿っている。
大通りから少し入った坂道で、制限速度三十キロの標識と、時間指定の駐車禁止の標識が重なって立っている。歩道には灰色の手すりが続き、木々の間を抜けて、軽トラックがよく一台だけ停まっていた。荷台には赤いケースが積まれ、上から白いシートがかけられている。
近くの会社では、そのトラックを「白い人の車」と呼ぶ者がいた。
誰が乗っているという意味ではない。運転席は空のことも多く、配達員も普通の人だった。ただ、荷台の白いシートが、風もないのにときどき人の肩の形に盛り上がる。ちょうど、ケースの上に誰かが横向きに座って、木の幹へ顔を押しつけているような形になるのだ。
ある昼、社員の一人が地図看板の前で信号待ちをしていると、ケースの奥から小さく瓶の触れ合う音がした。トラックのエンジンは切れている。誰も荷台に触れていない。それなのに、赤いケースの一段だけが、ゆっくり内側へ沈んだ。
同時に、すぐ横の街路樹の皮が濡れた。
雨上がりでもない。幹の黒い斑点が、内側から滲むように広がり、縦に裂けた皮のあいだへ白いものが覗いた。布だった。ワイシャツの袖口に似た、細い白さだった。
彼は目を逸らした。そうしないと、木の中の誰かと目が合う気がしたからだ。
それから、あの場所の異変は少しずつはっきりしていった。
トラックが停まる日は、三十キロの標識の赤い縁にだけ、指でなぞったような曇りがつく。駐車禁止の青い面には、白い擦れ跡が一本ずつ増える。歩道の手すりには、乾いたはずの昼間でも、冷たい掌の跡が残る。
一番気味が悪かったのは、荷台のケースだった。
配達先に着いて数を数えると、いつも一本ぶんだけ合わない。足りないのではない。余っているのだ。赤いケースの隅に、瓶を抜いたあとの丸い穴が一つ多く開いている。だがケースそのものに割れや歪みはなく、数え直すたびに穴の位置だけが変わる。
配達員が冗談半分に、白いシートを全部めくったことがある。
中には何もいなかった。赤いケースと木の板、縛ったロープだけだった。けれど、シートの裏側には、背中を丸めた人間の形に黒い汗染みが残っていた。肩、肘、膝。頭にあたる部分だけが、妙に長く伸びている。まるで木の幹の中へ顔を突っ込んだまま、引きはがされたような形だった。
その日から、配達員はその道を避けるようになった。
だが、避けても意味はなかったという。別の通りを走っているはずなのに、いつのまにか三十キロの標識が前に現れる。区域内、と書かれた白い板が、真正面からこちらを見下ろしている。ナビは正常で、道も間違っていない。なのに、赤いケースが荷台で一斉に鳴り、白いシートがふくらむ。
そして必ず、あの街路樹の横へ出る。
最後にその配達員を見た人は、トラックの荷台から降りようとしている白い袖を見たという。袖の先には手がなかった。ただ、濡れた布の端が、ケースの角に絡んでいた。配達員は運転席から降り、何かを確認するように荷台へ回った。
次の瞬間、白いシートが大きく落ち込んだ。
赤いケースが崩れる音がして、街路樹の幹が一度だけ、内側から叩かれたように震えた。近くの人が駆け寄ったとき、トラックは空だった。シートも、ケースも、荷台の床も、いつもどおり乾いていた。
ただ、木の皮に新しい裂け目ができていた。
その裂け目の奥には、赤いプラスチックの破片がいくつも刺さっていた。ケースの欠片に見えた。けれど、どれも内側から外へ押し出されたように、樹皮を押し開いていた。
今もその場所では、昼間の車通りが途切れると、荷台のないところで瓶の鳴る音がするらしい。
三十キロの標識の下、白い板には「区域内」とある。
あれは交通の表示ではないのかもしれない。
そこに入ったものを、出さないための札なのかもしれない。
この怪談は、実際の写真から着想を得て構成されたフィクションです。


