高速道路のインター脇で、草刈りの仕事をした人から聞いた話だ。
そこは海に近い埋立地で、頭上を何本もの道路が巻くように重なっていた。昼間でも橋脚の下は薄暗く、フェンスの向こうには枯れ草と低い植え込みが残っている。見上げると、道路は空へ逃げていくのではなく、こちらへ倒れ込む途中で止まっているように見えたという。
作業は夕方前に終わる予定だった。フェンス沿いの草を刈り、中央の太い橋脚の周りだけを最後に残した。車が上を通るたび、ゴウ、と低い音がして、胸の奥が少し圧される。
最初の異変は、耳だった。
高い場所へ上がったときのように、片耳だけが詰まった。鼻をつまんでも抜けない。作業員の一人が「ここ、気圧がおかしいですね」と笑ったが、その声はすぐ上の道路の裏側に吸われて、最後だけが遅れて返ってきた。
見ると、橋脚の影が変だった。
夕方の影なら地面に伸びるはずなのに、橋脚の足元には黒い輪だけが落ちていた。道路のカーブと同じ形の、太い環だった。輪は草の上にくっきり乗っていて、車が一台通るたび、ほんの少し内側へ縮む。
作業員たちは黙った。
草刈り機の刃を止めると、周りの音が急に遠くなった。フェンスの外を走るトラックも、鳥の声も、街のざわめきも、全部が透明な板の向こうへ押しやられたようだった。ただ頭上の道路だけが近い。近すぎる。見上げると、さっきまで見えていた青空の隙間が、黒い車道の裏で一枚ずつ塞がっていく。
中央の橋脚に、濡れた跡が浮いていた。
水ではない。コンクリートの肌に、内側から汗をかいたような暗い染みが広がっている。その形が、人の背中に見えた。両肩を丸め、首をすくめ、何かを支えている姿勢の跡だった。
上を車が通った。
ゴウ。
黒い輪が縮んだ。枯れ草が一斉に倒れ、刈っていない場所まで、中心へ向かって寝た。作業員の一人のヘルメットが、上から指で押されたみたいにへこんだ。本人は何もぶつけていない。ただ膝をつき、両手を地面につけて、耳を押さえていた。
耳の奥で、道路が回る音がしたという。
走行音ではなかった。タイヤの音でもない。巨大な輪が、見えない軸に沿ってゆっくり締まっていく音だった。フェンスの金網が細かく震え、四角い網目が一つずつ丸くなっていく。逃げようとしてフェンスの扉へ向かったとき、扉の向こうの景色が一周していた。
さっき背を向けたはずの橋脚が、扉の外にも立っていた。
同じ汚れ。同じ濡れた背中の跡。同じ黒い輪。
誰かが走った。けれど足音は前へ出ず、頭上へ上がった。靴底の音が、道路の裏を一歩、二歩と渡っていく。本人は地面にいるのに、足音だけが上のループを回っている。
橋脚の染みが、少し増えた。
背中の跡の横に、もう一つ、肩の丸い暗がりが浮いた。そこから下へ、腕のような線がにじむ。何かが、支えを足している。道路は落ちてこない。その代わり、下にいるものを少しずつ橋脚の一部にして、空を塞いだまま保っている。
最後に残った作業員は、草刈り機を投げ捨てて、フェンスをよじ登った。網目に手をかけた瞬間、金属の輪が掌へ食い込み、皮膚の表面に丸い跡がいくつも残った。外へ落ちたときには耳の詰まりが抜け、車の音も戻っていた。
振り返ると、フェンスの中は普通のインター下だった。
草は刈られ、橋脚は白く、道路は高く遠い。けれど中央の枯れ草だけが、きれいな円を描いて倒れていた。輪の内側には足跡がない。代わりに、作業員のヘルメットが一つ、草の上に置かれていた。
へこんだままではなかった。
内側から膨らんでいた。
翌日、現場には誰も入らなかった。会社には一人分の退勤記録が残っていなかったが、人数は合っていたという。朝礼で名前を呼ぶと、誰かが返事をした気がして、全員が一瞬だけ上を見たからだ。
今もそのインターの下を通ると、耳が詰まることがあるらしい。
そのとき、見上げてはいけない。
道路の輪が、ほんの少し低く見えたなら、もう見つけられている。中央の橋脚に濡れた背中の跡が増え、その足元の草が、音もなくこちらへ倒れてくる。
この怪談は、実際の写真から着想を得て構成されたフィクションです。


