八時六分の縫い目

ウラシリ怪談

ある年の八月十六日、古い都を流れる川の橋へ、七十代の男性と、その娘が出かけたそうです。

男性の妻は、その年の春に亡くなっていました。

妻は長く、家で衣服の直し物をしていた人でした。袖口のほつれや裾のゆるみを見つけると、まず赤い糸で小さく仮縫いをする。それから時間のある時にきちんと縫い直して、最後に赤い糸を抜くのが癖だったといいます。

男性がその晩着ていた薄い上着にも、左の袖口に一針だけ、赤い糸が残っていました。

妻が亡くなる少し前に、

「そこ、まだ途中だから」

と触れた場所だったそうです。

橋に着いたころ、あたりにはすでに多くの人が集まっていました。

午後八時が近づくにつれ、川沿いの話し声も少しずつ小さくなっていきました。

その時、娘が父親の袖を見て、妙なことに気づいたそうです。

赤い糸が、長くなっていました。

家を出た時には、布からほんの数ミリ見えているだけでした。それが今は、袖口から二センチほど垂れています。

引っかけたのだろうと娘が指でつまもうとすると、糸はふっと袖の中へ戻りました。

ところが縫い目はほどけませんでした。

やがて午後八時。

遠くの山肌に、火で描かれた「大」の文字が浮かびました。

橋の上にいた人々が静かに手を合わせたそうです。

男性も、胸の前で両手を合わせました。

すると左の袖口から、

……す、と。

赤い糸が出てきました。

今度は二センチではありません。

糸は男性の手首を伝い、合わせた両手の隙間を抜け、そのまま宙へ伸びていったそうです。

風は川下へ吹いていました。

けれど糸だけは反対に、山のほうへ向かっていました。

娘は声をかけられなかったといいます。

父親も気づいていたようでしたが、手をほどきませんでした。

六分ほど経ったころです。

山の「大」はまだ燃えていました。

赤い糸が、急にぴんと張りました。

まるで遠い場所から、誰かが最後の一針を引いたようだったそうです。

男性の袖の内側で、小さく布の擦れる音がしました。

そして糸は、合わせた指先のところで切れました。

山へ伸びていたほうは、そのまま暗がりの中へ消えました。

落ちてきた切れ端はありませんでした。

男性がようやく手を開くと、左の袖口にあった赤い仮縫いもなくなっていました。

けれど、ほつれていたはずの場所は閉じていました。

細かな縫い目が並んでいたそうです。

娘には見覚えがありました。

最初の一針と最後の一針だけを二重にする、母親の縫い方でした。

男性はしばらく袖を撫でてから、

「仕事を残すの、嫌いだったからな」

とだけ言ったそうです。

その夜は、それ以上何も起こりませんでした。

ただ、家へ戻ってから娘が裁縫箱を開けています。

妻が使っていた針山も、糸巻きも、そのままでした。

赤い糸巻きも残っていました。

けれど一本だけ、針山に刺さった古い針の穴へ、ごく短い赤い糸が通っていたそうです。

誰も通した覚えはありません。

その糸の端には、小さな結び目が二つありました。

妻が糸を抜けにくくする時、いつも作っていた結び方だったといいます。

娘はその針を抜かず、裁縫箱もそのまま閉じました。

男性の上着も、今では着ずにしまわれています。

左の袖口は、それから一度もほつれていません。

ただ、不思議なことに……

翌年の八月十六日、午後八時六分を過ぎて裁縫箱を開けると、針に通っていた赤い糸が、少し短くなっていたそうです。

その翌年も同じでした。

切れ端は、箱の中にも床にもありません。

今年残っているのは、針穴からようやく覗くほどの長さだけだといいます。

あの糸がすべてなくなった時、誰の直し物が終わるのか。

男性も娘も、確かめるつもりはないそうです。

八月十六日の夜だけは、裁縫箱を開けないことにしているのだとか……そんな話を聞きました。

この怪談は、以下の記事をきっかけに生成されたフィクションです。

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