1.タイトル:
土が空けていた一間
2.怪談本文:
送られてきた写真には、住宅地の更地が写っています。
整地された地面の中央に、青いシートが一枚。その上に、土がひと山だけ載っています。
撮影した人の話では、その土は、本来そこに残るはずのものではなかったそうです。
その土地では、集合住宅の建設に先立って発掘調査が行われていました。
調査範囲は二百四十平方メートルあまり。区画を東西に分け、西側からは古い井戸が二基、土坑が十基、柱穴らしい小さな穴が三基見つかっていたといいます。
西側の調査が終わると、穴は記録され、土で埋め戻されました。次は東側を掘る。その切り替えの日、作業員の一人が、青いシートの上へ残土を一時的に寄せました。
写真にあるのが、その土だったそうです。
翌朝、表面に細い溝ができていました。
雨は降っていません。猫や鳥の足跡もありませんでした。
土の斜面を、指先ほどの細い溝が何本も走り、それらが途中で直角に折れていました。上から見ると、細長い四角がいくつも連なっています。
誰かがふざけて描いたのだろうということになり、作業員はスコップの背で土を均しました。
ところが翌朝には、また同じ溝がありました。
今度は前日よりはっきりしていたそうです。道路に近い側に横長の区画。その奥に細い通路のような筋があり、さらに奥には丸い窪みが一つ。その先へ、小さな四角が続いていました。
現場の図面を扱っていた人が、しばらく黙ってから、発掘調査の平面図を持ってきました。
江戸時代の町家は、街路側に店があり、その奥に生活の場所が続き、さらに井戸や中庭が置かれていたらしい。細長い敷地を奥へ奥へと使う造りだったそうです。
土の表面にできていた形は、それによく似ていました。
とくに丸い窪みの位置が、すでに埋め戻した石組みの井戸と重なっていたといいます。
その井戸は直径がおよそ一・七メートル。土の山にできた円を縮尺のように当てはめてみると、不自然なくらい近い比率になりました。
ただ、一か所だけ、図面にはないものがありました。
いちばん奥です。
そこだけ土がありませんでした。
四角い溝に囲まれた、手のひらほどの場所だけ、青いシートがむき出しになっていたそうです。まるで細長い家のいちばん奥に、誰も使っていない小さな一間があるように見えました。
作業員はそこへ土をかぶせました。
次の日も、その一間だけが空いていました。
三日目には、念のためシートそのものを数メートル移したそうです。土もすべて移し、別の場所で同じような山にしました。
すると翌朝、細長い家の形が途中で切れていました。
青いシートの上には、奥半分だけが描かれていました。前半分があるはずの方向をたどっていくと、何も置かれていない地面へ続きます。
つまり、模様は青いシートについて動いたのではありません。元の土地の上に残ったまま、シートと土だけが横へずれたように見えたそうです。
初秋のある日の午後、現地説明会が予定されていました。人が入る前に余計なものは片づけておこうということで、その朝、土の山を崩すことになりました。
前夜には雨が降っていました。青いシートの上の土は水を吸い、形が崩れていました。細い溝もほとんど残っていません。
けれど、あの一間だけは残っていました。
四角い縁を泥が囲み、その内側だけ、青いシートが乾いていたそうです。
雨粒の跡さえありませんでした。
作業員はしばらく見ていましたが、やがて土を運び出しました。シートも畳まれました。
説明会が始まるころには、そこに小さな土山があったことを知る人はいなかったといいます。
集合住宅の工事も、その後は予定どおり始まりました。
奇妙なことが分かったのは、さらに何週間か経ってからでした。
青いシートを処分することになり、倉庫で広げたそうです。
裏側に、土が付いていました。土を載せていた表側ではありません。ずっと地面に接していたはずの裏側です。
薄い茶色の粉が、細長い形を作っていました。街路側の区画。その奥の通路。丸い井戸。そして奥へ続く、小さな区画。
あの土山に現れたものと同じでした。一番奥には、やはり四角い空白がありました。
作業員はそのシートを捨てなかったそうです。説明はできないものの、何となく処分しづらかったのだといいます。
建物が完成したのは、その翌年でした。
入居が始まって少ししたころ、彼は仕事で近くを通り、久しぶりに倉庫から青いシートを出しました。
土の線は、まだ残っていました。ただ――あの空白だけが埋まっていました。
以前は何も付いていなかった四角の内側に、周囲と同じ薄い土が入っていたそうです。
その代わり、細長い家の形から少し離れた東側に、新しい四角い空白が一つできていました。
そこには、もともと線も模様もありませんでした。
シートを置いていた倉庫で、誰かが触れた形跡もなかったといいます。
彼はその後、もう一度だけ現場の近くを通りました。
完成した集合住宅の東隣には、まだ家の建っていない土地がありました。道路から見ると、きれいに均された更地でした。
中央には何もありません。
ただ、隅のほうに青いシートが一枚敷かれ、その上へ、土がひと山だけ置かれていたそうです。
誰が置いたのか。これから何が建つのか。
あの空いていた一間が、誰のために残されていたのか。
彼は確かめていません。
青いシートも、今も倉庫に畳んであるそうです。裏側の土の線は消えていません。
そして東側にできた新しい空白については、それから一度も広げて確かめていない……そんな話を聞きました。
この怪談は、以下の記事をきっかけに生成されたフィクションです。
姫路城城下町第521次発掘調査現地説明会を開催します!


