雨が上がったばかりの午後、その公園では、赤橙色の遊具だけが妙に濡れていた。
周囲の舗装にも水たまりが残り、青いブランコの座面からはまだ雫が落ちていた。集合住宅やビルに囲まれた小さな公園で、木々の葉から落ちる水の音が、車の音に混じっていた。問題の遊具は低い支柱に固定された細長い形で、子どもが三人、同じ向きにまたがって遊べるものだった。
その日は安全点検のため、管理を請け負う作業員が園内を回っていた。遊具の表面に割れや鋭い傷がないか確認し、手すりを揺らし、固定部に緩みがないかを見る。赤橙色の遊具も、外から見た限りでは何も壊れていなかった。
ただ、中央の座る部分へ手を置いたとき、掌がわずかに押し返された。
弾力のある素材ではない。指で強く押してもほとんどたわまない硬い成型材だった。それなのに、手を離そうとした瞬間だけ、内側から同じ強さで押し戻されたような感触があった。
作業員はもう一度、今度は両手で体重をかけた。何も起きなかった。気のせいだと思い、前側の座る位置へ移った。
そこでも、手を離す瞬間に押し返された。
後ろ側でも同じだった。
三か所とも、押しているあいだではない。力を抜こうとすると、その動きについてくるように、下から一度だけ硬いものが持ち上がってくる。遊具そのものが揺れているわけではなく、支柱も動いていなかった。
その日は念のため使用を止めた。雨で内部へ水が入り、温度差や圧力で樹脂が変形している可能性も考えられたからだ。周囲へ簡単な囲いを置き、翌日、別の作業員と二人で調べ直すことになった。
翌朝には雨は止んでいた。
座面も乾いていた。固定部分に緩みはなく、外から叩いた音にも異常はなかった。二人は重さをかける位置を変えながら何度も試したが、しばらくは何も起こらなかった。
ところが中央の位置へ片方の作業員がまたがり、両足を地面から少し浮かせたときだった。
腿の下へ、何かが触れた。
遊具越しではなかったという。
硬い表面の向こうから、先の丸いものを二つ押し当てられたような感触だった。右側、少し遅れて左側。皮膚に直接触れているわけではないのに、押されている場所だけがはっきり分かった。
作業員はすぐ降りた。座面は変形していなかった。
もう一人が前側へまたがってみた。十秒ほど何も起きなかったが、降りようとして腰を浮かせた瞬間、尻の下がぐっと持ち上がった。驚いて横へ飛び降りたとき、二人とも遊具の中から短い音を聞いたという。
ガリッ、と何かを引きずる音だった。
小石が転がった音には聞こえなかった。硬い面を爪のようなもので短く掻いた、乾いた音だったという。
その場で遊具を撤去することになった。
支柱から本体を外し、二人で持ち上げた。外観から想定される程度の重さで、中から水が動く感触もなかった。しかし運搬用の台車へ載せるため横向きに傾けたとき、また中で音がした。
今度は長かった。
前側から中央へ。
中央から後ろへ。
遊具の長さに沿って、ガリ、ガリ、と三度に分かれて移動した。
二人は傾けたまま動かなかった。本体の内部に金属片でも残っているなら、重力に従って低い方へ滑るはずだった。だが音は低い方へ移動したのではない。三つの座る位置を順番に通った。
その日の午後、遊具は管理会社の作業場へ運ばれた。
同じ型の遊具について資料を確認すると、本体は内部が空洞になった成型品だった。ただし、子どもが触れられる開口部はなく、通常の使用で内部へ石や異物が入る構造でもなかったという。雨水が侵入した跡も見つからなかった。
底側から内部を確認するため、本体の一部が開けられた。
何も入っていなかった。
砂も、水も、金属片もなかった。空洞の中には成型時の継ぎ目が走っているだけで、音を出しそうな部品そのものが存在しなかった。
それでも、内側の表面には異常があった。
三つの座る位置、それぞれの真下だけが磨かれていた。
左右一対ずつ、楕円形の範囲が白っぽく艶を失い、その端から細い線が何本も伸びていた。汚れではない。表面そのものが削れている。指でなぞると、周囲より明らかに薄く、滑らかになっていた。
全部で六か所あった。
前の座面の下に二つ。
中央の下に二つ。
後ろの下にも二つ。
作業員の一人が、それらへ自分の両手を重ねるような位置に置いてみた。
大人の手では大きすぎた。
だが子どもの手なら、ほぼ合った。
楕円形の擦れは掌ほどの幅で、その先にある細い傷も、五本ずつに分かれていた。しかも傷は下へ垂れていない。すべて、空洞の底側から座面へ向かって伸びていた。
内側から上を押し続けた跡だった。
念のため、削れている部分の厚みが測られた。本来の厚みが残っている場所に比べ、三つの座面の真下だけが極端に薄くなっていた。外側には摩耗も変色もない。子どもが何年乗り続けても、そこだけが内側から削れる理由は説明できなかった。
遊具は再設置されなかった。
安全上の問題として処分するため、後日、本体をさらに切断することになった。切断すれば内部の状態を直接確認できるため、作業員たちは六か所の擦れをもう一度調べた。
そこで、配置が妙だという話になった。
遊具の外側では、三人の子どもが同じ向きにまたがる。
内部の六つの擦れも、それとまったく同じ間隔で並んでいた。
ただし向きが逆だった。
本体の内側から見れば、三組の掌は、座面を頭上にして並ぶ位置にある。
外に三人がまたがったとき、その真下にもう三人がいて、両手で座面を押し上げている。
そう考えると、あの日に感じた位置とすべて一致した。
切断後、本体は産業廃棄物として処分された。公園には別の遊具が入り、現在まで同じ異常は報告されていないという。
ただ、撤去作業の記録には一点だけ、写真ではなく文章で残された事項がある。
「内面三箇所に著しい摩耗。外面異常なし」
その下へ、現場の担当者が手書きで短く追記していた。
「三人分。内側から」
その記録を見た別の作業員は、赤橙色の遊具があった公園を雨の日に通ることがあるそうだ。
青いブランコも、木々も、濡れた舗装も以前と変わらない。
けれど、あの場所だけは見ないという。
三人乗りの遊具がなくなったあとも、そこにはまだ、三人分の場所が空いたまま残っているからだ。
この怪談は、実際の写真から着想を得て構成されたフィクションです。


