木像の息継ぎ

写真怪談

その古美術商は、住宅地の奥にあった。

通りに面した窓は板で塞がれ、入口も夜は内側から布を垂らされている。ただ、小さなショーケースだけが外から見えた。青白い光の中に、白く乾いた獣の像、黒く焦げたような木像、奥には輪を背負った仏像めいたものが並んでいた。

最初に変だと思ったのは、音だった。

深夜二時を過ぎてその前を通ると、周囲の室外機の低い唸りも、遠くの車の音も、急に消える。耳を塞がれた感じではない。逆に、何かがこちらの音を吸っているようだった。靴底が舗装を擦る音まで、ショーケースの前だけ薄くなる。

ガラスに息を吹きかけたわけでもないのに、内側が白く曇った。

曇りは丸く広がらず、細い縦筋になった。黒い木像の胸から垂れている彫り跡と同じ間隔だった。外側から指で拭っても、当然消えない。内側についた曇りなのだと思ったが、その筋はすぐ乾かず、むしろ棚板へ向かって少しずつ伸びていった。

翌晩、同じ場所を通ると、獣の像だけが前より奥へ退いて見えた。位置は変わっていない。足元の埃も乱れていない。それなのに、像の周囲だけ遠近感が合わず、ショーケースの奥行きがそこだけ深くなっている。

奥の仏像の影もおかしかった。背中の輪の影が、白い壁ではなく黒い木像の後頭部へかかっていた。光源の位置から考えると、ありえない方向だった。

その時、木像の閉じた目の溝が、ほんの少しだけ沈んだ。

開いたのではない。逆だった。目蓋の線が中へ押し込まれ、そこからショーケースの青白い光が、細く吸い込まれていった。音はない。けれど、その瞬間、喉の奥から自分の呼吸が一息ぶん消えた。

咳をしようとしても、空気だけが出た。

怖くなって離れたが、背中側の住宅街はまだ無音のままだった。玄関前の自転車も、どこかの家の換気扇も、犬の寝返りらしい鎖の音さえしない。町全体が、あの小さな棚の中へ耳を寄せているみたいだった。

翌朝、明るい時間に見に行くと、店は閉まっていた。

ショーケースの中身は元に戻っているように見えた。獣の像も、黒い木像も、奥の仏像も、写真の中の古物のように黙っていた。ただ、ガラスの内側に、前夜より一本多く縦筋が増えていた。

その高さが、自分の口元と同じだった。

それから私は、その道を避けている。

けれど深夜二時を過ぎると、部屋の窓の内側にだけ細い曇りが出る。カーテンも閉め、暖房もつけていないのに、ガラスの向こうではなく、こちら側に縦の筋が浮く。拭くと指先に黒い粉がつく。焦げた木と、古い線香を混ぜたような匂いがする。

昨夜は、その筋が三本になった。

一本目は木像の胸の彫り跡に似ている。

二本目は、私の息の幅に似ている。

三本目だけは、まだ細すぎて何の跡かわからない。ただ、窓の下の畳に、白い獣の足跡のような粉が四つ、静かに並んでいた。

この怪談は、実際の写真から着想を得て構成されたフィクションです。

 

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