その交差点には、横断歩道の手前に黒ずんだ球形の車止めが二つ置かれていて、近くのビルでは「抜けてはいけない隙間」と呼ばれていた。横断歩道へ出るにはそこを通るのが近道なのに、清掃の人たちは必ず白いガードパイプ側へ回る。理由を聞くと、後ろの自販機が勝手に返すからだと言う。
最初は小銭の話だと思った。青い自販機の返却口が、誰も買っていないのに朝だけかたかた鳴る。受け皿を覗くと、百円玉ではなく、灰色の小さな球が一つ転がっている。表面はざらついていて、指でつまむと昼の石畳より冷たい。捨てても翌朝には戻り、しかも少しだけ大きくなっていた。
妙なのは、その球が出た日の横断歩道だった。白線の端に、丸く削られた跡が残る。塗料が剥げたのではない。白い部分だけを、球で押し抜いたように綺麗な円ができている。そこを通った人の靴音は、二つの車止めのあいだで一歩だけ消える。右足、左足、次の一歩、その間にあるはずの音だけが抜ける。
ある日、駐車場の係員が急いでそこを通った。直後、彼は足首を押さえて立ち止まった。転んだわけでも、ぶつけたわけでもない。ただ、靴の踵が片方だけ妙に軽いと言った。見ると、ゴム底の内側に小さな半円の欠けがあり、断面には白線の塗料みたいな粉が噛んでいた。
翌朝、自販機の返却口から出てきた球には、細かな溝が刻まれていた。靴底の模様だった。係員の欠けた踵とぴたり合う幅で、球の表面に丸め込まれていたという。
それからは、誰も二つの車止めのあいだをまっすぐ抜けない。けれど知らない人は通る。昼の明るい交差点で、信号が変わる少し前、急いで横断歩道へ出ようとして、あの隙間を踏む。すると自販機の奥で小さく何かが落ちる。缶ではない。もっと硬く、もっと軽いものが、返却口へ戻される音がする。
今も受け皿には、ときどき灰色の球が入っている。硬貨にしては重く、石にしては温かく、人の身体のどこから削れたのか分からない細い線が表面に残っている。
そして二つの丸い車止めは、少しも動いていないのに、見るたび隙間だけが狭くなっている気がする。まるで街そのものが、通り抜けた人間から一歩ずつ回収して、あの場所へ詰めているみたいに。
この怪談は、実際の写真から着想を得て構成されたフィクションです。

