その貸し畑の向こうには、古い住宅が一軒立っている。壁の大部分を濃い緑の蔦に覆われ、青い瓦屋根だけが春の終わりの光を鈍く返していた。手前には野菜を植える畝が何列も並び、その上には白いビニールがところどころかぶせられている。
その畑では、四月の終わりのよく晴れた昼だけ、畝にかぶせられた白いビニールに細い黒線が残ることがあった。
最初は電線の影だと思われていた。住宅地の裏にひらけた畑で、空には何本も線が渡っている。まだ暑くはない日差しの中で、土は乾ききらず、春草の匂いが低く残っていた。その蔦に覆われた家の前だけ、時間が止まったように見えたという。
けれど影にしてはおかしかった。線は太陽の向きと合わない。昼前には西へ、昼過ぎには東へ動くはずなのに、畝の上の黒線はいつも同じ角度で、蔦の家へ向かってまっすぐ降りていた。
ある区画の人が、汚れだと思って布で拭いた。すると白いビニールの表面ではなく、内側から黒ずんでいた。爪でこすると薄い被覆がめくれ、下の土にまで、同じ細さの筋が刻まれている。針金を押し当てたような溝だった。
翌週には、その線が一本増えた。
畑の上には電線が五本ある。だが白いビニールに残る線は六本だった。誰かが数え間違えたのだろうと笑ったが、畝をまたいで反対側から見ても、やはり六本ある。しかも余分な一本だけ、ほかの線より少し低い場所にあり、畝の端で止まらず、草むらを抜けて、蔦の家の壁へ続いているように見えた。
その家には、もう長いこと人が住んでいないはずだった。
緑に埋もれた壁の中ほどに、窓らしい四角が二つだけ残っている。雨戸もガラスも蔦の葉に隠れ、昼でも中は暗い。その窓の下に、畑の線と同じ細さの黒い筋が、いつからか斜めに走っていた。電線が垂れた影ではない。葉の裏側に、焼きついたように残っているのだ。
それから、畝の向きが少しずつ変わった。
耕した人間はまっすぐ作ったと言う。支柱も紐も使い、畝のあいだの幅も測っていた。それなのに数日たつと、畑に並ぶ白いビニールの列が、わずかに家のほうへ曲がっている。端の苗だけが葉先をそろえ、畑全体が、あの蔦の家へ耳を寄せているような形になる。
一度、区画の持ち主たちで白いビニールを剥がしたことがある。
剥がした下には、根ではなく、黒い被覆線のようなものが這っていた。土の中を、細く、何本も。電気のコードに見えるのに、触ると植物の根のように柔らかい。切ろうとすると、刃を入れる前に畝の反対側で、ぷつん、と小さな音がした。
その瞬間、蔦の家の窓が一つ、内側から曇った。
誰かが息を吹きかけたような白さではなかった。もっと乾いた、畑の土埃がガラスの内側に貼りついたような曇りだった。曇りの中に、細い線が六本、すうっと浮かび上がる。空の電線と同じ数ではなく、白いビニールに残っていた数と同じ六本だった。
その日から、畑では水やりのホースがよく詰まるようになった。
先端を外しても泥は出ない。代わりに、黒い薄皮が丸まって出てくる。乾かすとそれはコードの被覆のように硬くなり、折ると中から緑の汁が滲んだ。汁は青臭いのに、かすかに焦げたプラスチックの匂いがしたという。
誰かが役所に相談し、蔦の家の所有者へ連絡を取ろうとした。だが住所録の番地だけが合わなかった。畑の区画番号を合わせると家が一軒分ずれ、家の番地を合わせると畑の畝が一本足りない。古い地図を出してきても同じで、蔦の家のところだけ、道と畑の線が紙の上で重なっていた。
最後にその畑を見た人は、夕方ではなく、よく晴れた正午に通ったそうだ。
空の電線は五本だった。いつもどおり、青い空に黒く張っていた。
だが地面には、六本の影があった。
六本目は畑の真ん中から立ち上がり、蔦の家の二階へ入っていた。影なのに、風に揺れる葉を押し分け、窓の奥へ沈んでいる。その線を目で追った人は、家の中に、畝が続いているのを見たという。
床ではない。
土だった。
薄暗い室内いっぱいに白いビニールが敷かれ、黒い線が何本も走っていた。家具の代わりに低い畝が並び、部屋の奥で、緑の葉が一斉にこちらを向いていた。
その後、貸し畑の一角は使われなくなった。
今でも四月の終わり、晴れた昼にそこを通ると、畝の白いビニールに細い黒線が残っていることがある。拭いても消えない。切っても、翌日には繋がっている。
そして、ときどき区画札の番号がひとつ増える。
増えた札には名前がない。ただ、白いプラスチックの裏側に、蔦の葉脈と同じ形の焦げ跡があり、その焦げ跡は必ず、蔦の家のほうを向いている。
この怪談は、実際の写真から着想を得て構成されたフィクションです。

