冬の虫刺され

写真怪談

住宅地の中に、家一軒分だけぽっかり空いた土地があった。

何年も使われていなかったらしく、春から夏にかけては腰ほどまで草が伸びた。道路へ張り出した枝の下まで雑草が埋め尽くし、奥がどうなっているのか外からではほとんど分からない。左右には普通に人の住む家があるのに、その一区画だけが暗く沈んで見えたという。

近所に住む男性は、そこを心霊スポットだと思ったことはなかった。ただ、夏だけはなるべく近くを通らないようにしていた。虫が多かったからだ。

蚊だけではない。草むらの横を歩いただけで、脛や足首に赤い腫れがいくつもできることがあった。ある年の八月には、長ズボンを穿いていたにもかかわらず、帰宅してから右脚に七か所ほど虫刺されのような跡が見つかった。痒みは二、三日で治まり、赤みも消えたので、それ以上は気にしなかったという。

十一月の終わり、その空き地の前を久しぶりに通った。景色がまるで変わっていた。

生い茂っていた草はすべて刈られ、地面が見えるほどきれいになっていた。道路側へ伸びていた枝も落とされ、奥まで見通せる。土と刈草の色が混じった平らな地面の向こうに、隣家の壁や物干し台まで見えていた。男性は、こんなに奥行きがあったのかと思った。

同時に、妙な匂いがした。青臭い草の匂いだった。

刈った直後なら不思議ではない。だが、その日は朝からかなり冷え込んでいて、地面には乾いた葉が落ちていた。草刈りが行われたのも数日前らしく、刈られた茎はすでに茶色く変わっている。それでも空き地の前だけ、真夏の草むらへ顔を近づけた時のような、生温かい青臭さが漂っていた。

男性は足を止めずに通り過ぎた。十メートルほど歩いたところで、右脚が痒くなった。ズボンの上から何度か掻いたが、痒みは急に強くなった。家へ帰って裾をまくると、脛の外側に赤い腫れが浮いていた。

七つあった。

場所まで、夏に刺された時とほとんど同じだった。季節外れの虫だろうと思おうとした。けれど、その日は厚手のズボンを穿き、靴下も長いものだった。肌が外に出ていた場所ではない。

翌朝には腫れが消えていた。それからしばらく、男性は空き地の反対側を歩くようにした。しかし住宅地の道は狭く、買い物や駅へ向かうには、どうしてもその前を通る方が早い。十二月に入ったある夕方、急いでいた男性は再び空き地の前を通った。

空気は冷たかった。それなのに、土地の前へ来ると夏草の匂いがした。道路側ではなく、奥からだった。目を向けると、木々の間に人が立っているように見えた。

灰色がかった服を着た、細い人影だった。背丈からすると成人らしい。顔は枝葉の影に隠れて見えず、こちらへ身体を向けているのか、背を向けているのかも分からない。

妙なのは、その人の脚だった。草はもうない。地面まで見えている。なのに人影は、膝から下だけが何かに隠れていた。夏に草が茂っていた高さで、身体が途切れていた。

男性は隣家の住人かと思った。しかし土地との間にはフェンスがあり、家側から簡単に入れる造りではない。道路から空き地へ入った者なら足元まで見えるはずだった。見ているうちに、また右脚が痒くなった。

七か所。皮膚の下へ細い針を差し込まれるような、鋭い痒みだった。

男性はそのまま帰った。翌朝、赤い腫れは残っていた。それまでと違ったのは、左脚にも三つ、新しい跡ができていたことだった。その日の昼、空き地を管理している人と偶然会う機会があり、「最近、草を刈ったんですね」と話すと、管理人は少し嫌そうな顔をした。

業者に頼んだのだという。土地を売る話が出ており、その前に一度きれいにする必要があった。夏の間に何度か見積もりを取ったものの、草がひどすぎて冬まで延ばしていたらしい。ただ、作業は予定より一日長くかかったそうだ。

二日目の朝、作業員の一人が皮膚の腫れを訴えた。防寒着の下、腹から胸にかけて虫刺されのような跡が何十個もできていたという。真冬だった。作業員たちは蜂の巣か何かが残っている可能性を考え、木の根元や刈草の下まで確認した。しかし虫の巣は見つからず、その後の作業でも虫らしいものは一匹も出なかった。

管理人はそれ以上話したがらなかった。男性も、人影を見たことまでは言わなかったという。

数日後、冷たい雨が降った。夕方には止み、濡れた道路が街灯の光を薄く反射していた。男性は意識して空き地を見ないように歩いたが、その前まで来たところで、青臭い匂いが鼻に入った。前より強かった。

腐った草ではない。真夏の日差しの下で、生きた草を大量に踏み潰した時の匂いだった。

空き地の奥で、何かが動いた。見ないつもりだった。それでも視線を向けてしまった。

あの人影が立っていた。今度は、木々の間ではなかった。前回より道路側へ出ていた。顔はやはり暗く、表情までは分からない。ただ、肩から腕にかけての輪郭だけははっきりしていた。両腕を身体の脇へ垂らし、こちらを向いているように見えた。

脚は相変わらず途中からなかった。正確には、見えなかった。膝から下だけが、そこに草むらでも残っているかのようにぼやけていた。男性が目を凝らした時、人影の胸元に、小さな赤い点がいくつも見えた。

一つ、二つという数ではなかった。首から腹まで、斑点のようにびっしり浮いていた。

その瞬間、男性の胸に鋭い痛みが走った。家へ駆け戻り、服を脱ぐと、胸に赤い腫れが一つできていた。翌日は二つ、その翌日は四つ。空き地の前を通らなくても増えた。

病院では虫刺されか、何らかの皮膚炎だろうと言われた。薬を塗れば痒みは治まったが、新しい腫れは胸から鎖骨へ少しずつ上がってきたという。男性はカーテンを閉めて眠るようになった。それでも夜中、ときどき青臭い匂いで目を覚ました。

ある朝、枕元に細い草の切れ端が落ちていた。五センチほどの、枯れて茶色くなった茎だった。

窓は閉まっていた。寝室は二階にある。

男性はその日、空き地の管理人へ電話をした。土地はすでに売却が決まり、年が明ければ住宅を建てる予定だと言われた。草刈り後に問題があったという報告もなく、現地へ立ち入る理由もない。

最後に管理人は、少し考えてから付け加えた。草刈りをした業者が、刈った草を全部持ち帰ったはずなのに、翌朝になると土地の中央にだけ少量の草が戻っていたことがあったそうだ。束ではない。人ひとりが横になれるくらいの範囲だけ、細かく刈られた草が地面を覆っていた。

処分しても、翌朝には同じ場所に戻った。三日目から誰も触らなくなったという。

男性は、それを聞いてから一度だけ空き地を見に行った。昼間だった。冬の日差しが差し込み、土地の奥まで明るく見えていた。人影はいない。地面にも、草の塊らしいものはなかった。

帰ろうとした時、土地の中央だけ青臭い匂いがした。そして地面すれすれのところで、何か白いものが動いた。

指だった。

土から出ていたのではない。そこに誰かが仰向けに寝て、その身体の上へ見えない草が厚く覆いかぶさっているように、白い指先だけが一瞬、隙間から現れた。五本あった。指はゆっくり曲がり、また見えなくなった。

男性は走って帰った。その日を境に、身体の腫れは増えなくなったそうだ。やがて空き地には工事用の囲いが立てられ、男性も道を変え、近づかなくなった。

ただ、基礎工事が始まった頃、近所の人から妙な話を聞いた。現場の作業員が一人、病院へ行ったらしい。寒い朝だったのに、虫に刺されたような腫れが全身に出たという。数はかなり多かった。

一緒に作業していた人によれば、その作業員は前日の夕方、土地の中央で何かを見つけていた。何だったのか尋ねても答えず、しばらく地面を見下ろしていたそうだ。ただ一度だけ、こんなことを口にしたという。

「ここだけ、まだ夏みたいな匂いがする」

それから数日間、工事は止まった。

男性の身体には今も、最初にできた七つの痕だけが薄く残っている。もう痒くはない。けれど冬になり、空気が冷えてくると、その七か所だけが赤くなることがあるそうだ。

そして、そんな日は決まっている。家の窓を開けていなくても、どこからか青臭い草の匂いがする。

あの空き地には、もう新しい家が建っている。

この怪談は、実際の写真から着想を得て構成されたフィクションです。

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