植木のほうが下

写真怪談

コップの水面が、窓側だけ三センチほど高くなっていた。

床が傾いているのだと思い、市の委託を受けた私たちは、早春の午前中にその家へ入った。築十二年の二階建てで、外壁にも基礎にも目立った亀裂はない。レーザー水平器を据えると、床は誤差一ミリ以内に収まっていた。

それなのに、天井から下げた下げ振りだけが、窓のほうへ六度傾いた。

窓の向こうには細い住宅道路があり、その曲がり角に、動物の顔へ刈り込まれた大きな植木が立っていた。丸い胴に二本の耳。白い円盤の目と、短い鼻、左右へ突き出した白い棒のひげまで付いている。近所の子どもが喜びそうな、愛嬌のある姿だった。

「夜になると、もっと傾くんです」

家主の神田さんは、寝室に案内しながらそう言った。引き出しはひとりでに窓側へ開き、キャスター付きの椅子は壁へ移動する。眠っているあいだにも身体が少しずつ滑るため、妻はベッドの脚へ帯を結び、腰へ巻いて寝ているという。

工具箱から金属球を取り出し、玄関の敷居へ置いてみた。屋外側では真下へ落ちた。数センチ内側へ動かすと、球は空中で軌道を曲げ、植木のある方向へ斜めに落ちた。

道路そのものは水平だった。

周辺の家を調べると、同じ現象が六軒で起きていた。方角も建物の向きも違うのに、室内の「下」はすべて、あの植木へ向かっていた。植木を中心に、六本の見えない坂が住宅の内部だけへ伸びているようだった。

白いひげの数も六本だった。

一本だけ、根元から折れている。神田さんによれば、三日前の強風で外れたらしい。その日の朝から、寝室の傾きが急に強くなったという。

正午前、植木の所有者が庭師を呼んだ。上部の枝が電線へ近づいているため、左側の耳を少し低くする予定だった。私は作業を止めるよう頼んだが、重力が植木へ向いているなどという話を、まともに取り合ってはもらえなかった。

枝切り鋏が耳の先端を切り落とした瞬間、六軒の家から同時に衝突音が響いた。

神田さんの家では冷蔵庫が壁へ二十センチ移動していた。床には擦れた跡がなく、四本の脚が一斉に横へ跳んだとしか思えない。隣家の水槽では、水面が斜めに立ち上がり、魚が窓側のガラスへ押しつけられていた。

下げ振りの角度は十九度になっていた。

庭師は作業を中断した。しかし切られた枝を地面へ置いた途端、枝は道路を転がらず、神田さんの家の外壁へ向かって滑った。勾配に逆らって進み、壁の手前でようやく止まった。

夕方までに、住民には屋外へ避難してもらった。神田さんだけは、飼っている猫を捜すため家へ戻った。玄関を開けた直後、室内から家具の倒れる音と、短い悲鳴が聞こえた。

私たちが駆け込むと、床には何もなかった。

椅子も棚も神田さんも、窓のある壁へ張りついていた。室内では、そこが完全な「下」になっていた。神田さんは横向きの窓ガラスへ腹ばいになり、下方に見える植木へ落ちまいと、カーテンレールをつかんでいた。

外から見れば、彼は垂直なガラスの上に寝ていた。

救助用のロープを腰へ回し、三人で玄関へ引いた。敷居を越える瞬間、神田さんの身体は二つの方向から引かれた。足は道路へ落ち、上半身は植木へ向かったまま残り、右肩が鈍い音を立てて外れた。

屋外へ引き出された彼の服には、細い緑色の葉が何百本も刺さっていた。

植木には触れていない。家と植木の間には道路も塀もある。それでも葉はシャツの繊維を貫き、背中に人の輪郭を作っていた。

植木の正面を見ると、密集した葉の中央が、人ひとりを横向きに押しつけたように深くへこんでいた。白い目は左右で高さがずれ、折れていない五本のひげは、すべて神田さんの家を指していた。

翌朝、市は植木の撤去を決めた。

チェーンソーを幹へ入れると、おが屑は地面へ落ちなかった。六つの細い流れに分かれ、それぞれ別の家へ向かって水平に飛んだ。作業員が板で遮ると、おが屑は板の表面を這い、縁を回り込もうとした。

切断面には年輪がなかった。

中心から六方向へ、黒い筋が放射状に伸びていた。筋の向きは、異常が起きた六軒と正確に一致している。その内部には、表面へ取り付けられていたはずの白いひげが、根元から幹の中心まで貫通していた。

折れた一本も、幹の中に残っていた。

クレーンで根を引き上げた瞬間、周囲の家々から、床へ物が落ちる音が一斉に聞こえた。家具も水面も下げ振りも、元の方向へ戻っていた。神田さんの家の壁に残った緑の葉だけは、引き抜いても翌朝には同じ位置へ刺さり直した。

調査報告では、地盤沈下も磁気異常も確認されなかった。幹の断片と六本の白い棒は市の倉庫へ運ばれ、鋼鉄製の保管庫へ収められた。

一週間後、私の事務所で天井照明が斜めになった。

どの階でも、吊り下げた物は北東へ傾いていた。その方角には、植木があった住宅街ではなく、市の資材倉庫がある。

保管庫を開けると、白い棒は五本しかなかった。

残る一本は、私の工具箱の底に入っていた。いつ紛れ込んだのか分からない。箱の内側には、棒の先端が何度も押しつけられたような深い傷があり、すべて同じ方向へ伸びていた。

その棒は今、事務所の床下へコンクリートで封じられている。

それ以来、照明はほぼ垂直に戻った。ただ、床へ置いたコップの水面だけは、月に一度、ほんの少し傾く。

傾く方向は、植木があった場所ではない。

私の机の下を指している。

この怪談は、実際の写真から着想を得て構成されたフィクションです。

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