十五時三十分の咳払い

ウラシリ怪談

その案内は、四月の終わりに届いたそうです。

広域で人の移動が多くなる連休を前に、ある感染症について、報道関係者向けの短い勉強会を開くという内容でした。開催は四月二十八日、十五時三十分から十六時まで。形式はWeb会議。参加を希望する者は、前日の十七時までに、所属と氏名と連絡先を送るよう記されていたといいます。

その案内を受け取った地方紙の記者は、申し込みのメールを出しました。

返信はすぐには来なかったそうです。ただ、その日の夜、まだ送られていないはずの会議用URLが、予定表にだけ先に表示されていました。

件名はありませんでした。

本文もありません。

ただ、予定表の十五時三十分の枠に、小さく「咳」とだけ書かれていたそうです。

記者は入力ミスだと思い、その予定を削除しました。翌朝には、正式な資料とURLがメールで届きました。資料は一枚だけで、開催内容は三項目。現状、ワクチン、リスク評価。特におかしなところはなかったといいます。

当日、Web会議には定刻前から人が集まりました。

画面には、所属名だけの黒い四角がいくつも並び、ほとんどの参加者は音声を切っていました。十五時三十分、担当者の挨拶が始まりました。

その時、誰かが一度、咳払いをしました。

参加者一覧を見ても、マイクが反応した表示はありませんでした。担当者も話を止めず、そのまま資料の説明を続けました。

十五時四十一分、二度目の咳払いがありました。

今度は、画面のいちばん下に、見覚えのない参加者が増えていたそうです。名前の欄には、所属も氏名もなく、ただ「4/27 17:00」と表示されていました。

前日の申し込み締切時刻でした。

会議の進行役が一瞬だけ黙りました。しかし誰も何も言わず、黒い四角はそのまま参加者一覧の末尾に残っていました。

十五時五十二分、三度目の咳払いがありました。

資料の画面共有が、ふと一枚戻ったそうです。そこには、勉強会の留意事項が映っていました。申し込みは報道関係者に限ること。URLと資料は開催時刻までにメールで送信すること。

その下に、配布資料には存在しない一行が増えていました。

「発症日の一日前から参加しています」

画面を見ていた何人かが、同じ行を読んだといいます。ただし、録画には残っていませんでした。共有された資料ファイルを開き直しても、その一行はありませんでした。

十六時ちょうど、勉強会は終わりました。

退出ボタンを押す直前、記者は参加者一覧を確認しました。人数は開始時より一人多いままでした。「4/27 17:00」の黒い四角だけが、まだそこにありました。

そして、その四角のマイク表示が一瞬だけ点灯したそうです。

音はありませんでした。

ただ、記者の机の上に置いてあった印刷済みの資料の右下に、いつの間にか小さな赤い斑点がひとつ浮いていました。インクでも汚れでもなく、紙の内側から滲んだような色だったといいます。

数日後、その記者の予定表には、削除したはずの空白の予定がまた戻っていました。

十五時三十分から十六時まで。

件名はなく、本文もなく、場所の欄にだけ、短くこう残っていたそうです。

「発症前」

その予定は、今も削除できないままだそうです。

この怪談は、以下の記事をきっかけに生成されたフィクションです。

麻しん(はしか)の現状と対策に関する記者勉強会のお知らせ

https://www.mhlw.go.jp/content/001695784.pdf

 

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