説明のつかない痕跡

ウラシリ怪談

風のない避難所で

風の入らない避難所で、誰も触れていない洗濯ばさみが二度だけ鳴りました。亡くなった祖母には、台風の夜に必ずしていたことがあったそうです。
晩酌怪談

手前だけぼやける

休日の昼、バイスハイボールの向こうで手前の焼きそばだけがどうしても焦点を結ばず、その何気ない「ぶれ」は店を出たあとも消えてくれなかった。
写真怪談

二秒先の寝返り

電車の揺れより二秒早く身体を傾ける、顔を伏せた女。その寝姿を見続けた乗客の日常に、奇妙な「遅れ」が入り込み始める。
写真怪談

家のほうから

帰る家を失った母子が、八月十五日の夕方に嗅いだ懐かしい匂い。帰省とは、本当はどちらが帰ってくることなのでしょう。
写真怪談

未退勤の箸

残業を終えて自宅で食べた、塩焼きそばと一枚のソースカツ。黒い箸を持ち上げた瞬間、退勤したはずの夜が再び記録され始めた。
写真怪談

色を捨てる倉庫

ごみ収集業者の倉庫で、赤、青、黒――捨てられた物から色だけが抜け始めた。雑多な資材の奥で、それらの色は一つの形を作ろうとしていた。
写真怪談

横へ落ちる道

魚や草花を描いた車止めが並ぶ静かな遊歩道で、落ちる方向だけが少しずつ狂い始めます。
ウラシリ怪談

十三歳の外側

十二歳までは、子どもだけで入れる広場。けれど閉場前、柵の内側には、とうに大人になった父親の「十二歳」が残っていました。
写真怪談

指定名のない木

名前を覆った瞬間、天然記念物の古木は消えた――それでも、木の形をした「空白」だけは、そこに立ち続けていた。
写真怪談

十五年目のねじ

捨てた家電から抜けたねじは、いったい誰のところへ戻るのか。十五年前のリサイクルセンターで始まった異変は、今も皮膚の下で回り続けている。
写真怪談

門の歯列

夜の中庭にある古い煉瓦門には、閉館後だけ守られる奇妙な通行規則があった。それを破った男の身体で、門の補修が始まる。
ウラシリ怪談

六分後の網目

夏の昼すぎ、海上の網はロケットのブースターを待っていました――けれど、その網には帰還よりも早く、小さな誰かが横たわっていたそうです。
写真怪談

空荷の鉤

青空の下、空荷のフックは動いていない。それなのに、人の体だけが吊り上げられていく――クレーン現場に残された螺旋の痕の話です。
写真怪談

七九八〇円の甲羅

値札には七九八〇円。けれど、その水槽で数えてはいけない一匹が、こちらへ移ってきた。
写真怪談

空を塞ぐ環

頭上を巻く高速道路の下で、橋脚の影だけが輪になって縮みはじめる。
写真怪談

シャッターの隙間

半分だけ下りたシャッターの奥で、荷物は“積まれている”のではなく、少しずつ高さを預けていた。
写真怪談

毎咳後の薬

風邪薬は、飲む前から一つずつ「服用済み」になっていく。来週の出張まで、先に処方されてしまった男の話。
写真怪談

五百ミリの欠番

終電帰りに買った一本の缶は、飲む前から少しずつ“減って”いた。