空瓶の口数

写真怪談

店の裏手には、回収に出す前の空瓶をまとめて置くための細長い木箱が、壁に沿って二つ並んでいた。ワインやスパークリングの瓶が首だけを見せて立ち、手前には料理に使う小さな鉢植えが置かれている。昼の明るい時間に見れば、ただ雑然としているだけの、ありふれた裏口の景色だった。

異変に気づいたのは、瓶を数える役目を任されてから三日目だった。前夜の伝票と照らすと、空瓶の本数がどうしても一本多い。最初は記入ミスだと思った。だが翌朝も、その翌朝も、同じことが起きた。しかも増えるのは決まって、いちばん奥の箱の、壁際に寄った暗い一角だけだった。新しく現れる瓶は、どれも洗ったはずなのに内側がうっすら曇っていて、口のふちにだけ、人の唇が押し当てられたあとのような脂じみた輪を残していた。

気味が悪くて、私はその瓶に白いテープを貼っておいた。回収の日、他の瓶と一緒に業者へ渡したはずなのに、翌朝になると、また同じ場所に立っていた。こんどはテープが剥がれ、粘着剤だけが首のところに汚く残っていた。箱の底には、昨夜まではなかった湿り気が広がっていた。酒ではない。水でもない。土の入った鉢へ滲んだあたりだけが黒く重く沈み、鼻を近づけると、飲み残しの酸い匂いに混じって、ぬるい吐息みたいな生臭さがあった。

それからは、瓶の向きまで揃い始めた。誰も触っていないはずなのに、朝来るたび、全部の口がきれいに店の勝手口へ向いている。手前の鉢植えだけは反対に、葉先を壁のほうへそろえて伏せていた。風のせいではなかった。葉の裏には細かな土が跳ねていて、まるで夜のあいだ、根ごと少しずつ箱のほうへ身体を寄せていたようだった。

ある晩、閉店後に一人で裏へ出て、箱の前で本数を数えた。伝票どおり三十二本。間違いなく三十二本。なのに、数え終わったとき、木箱の奥で、ごく小さく硝子の擦れる音がした。一本だけ、首の角度が変わっていた。見ている前で、ではない。目を離した一瞬に、確かに増えたみたいな置かれ方だった。三十三本目は、ラベルのない黒い瓶だった。口の内側が濡れている。懐中電灯を当てると、底のほうに何か白いものが貼りついて見えた。沈殿物ではない。丸く欠けた小さな欠片が、いくつも。

私はトングを持ってきて、その瓶を傾けた。中から落ちてきたのは、砕けた歯だった。

一本ぶんではなかった。前歯の薄い破片、奥歯の欠けた山、削れた詰め物まで混じって、木箱の底へぱらぱら散った。乾いた音のはずなのに、土の上へ落ちた瞬間だけ、濡れた咀嚼みたいな音がした。鉢植えの細い茎がわずかに揺れ、葉先の向きがいっせいにこちらへ返った。

その夜、裏口の監視用ライトをつけたまま帰った。翌朝、箱の中の瓶は三十四本になっていた。歯の入っていた黒瓶はなく、代わりに、黄色い箔の巻かれたスパークリングの空瓶が二本、手前の箱に並んでいた。どちらの口にも、外側から見える位置に白い欠片が噛みこんでいた。コルクを抜いたあとに入るはずのない角度で、歯が、瓶の縁に食い込んでいた。

私は店長に相談した。だが、見せたときには、歯は消えていた。箱の底に残っていたのは、瓶底の丸い輪染みだけだった。店長は「疲れてる」と言い、むしろ衛生的にまずいから、今後は箱を外に出しっぱなしにするなと言った。その日のうちに木箱は洗われ、瓶はすべて処分され、鉢植えも場所をずらされた。

それで終わると思った。

終わらなかった。

新しい回収箱は金属製になったのに、朝の本数だけはやはり一本ずつ多い。しかも増えた瓶は、店で出していない銘柄ばかりになった。赤でも白でもスパークリングでもない、濃い色の硝子瓶ばかり。どれも口径がわずかに違い、ふちには小さな欠けがある。まるで、何か固いものを何度も押し込んで、合う口を試した痕みたいに。

いま、裏の鉢植えはほとんど育たない。葉は出るが、背丈が伸びず、根だけが異様に太る。先月、植え替えのため土を返したとき、店長が小さく声を上げた。白い石でも混じっていたのだろうと思ったが、見に行くと、土の中から出てきたのは、歯ではなかった。

瓶の口にぴたりと合う形へ削れた、人の指の骨だった。

それでも店は営業を続けている。勝手口のそばを通る客は、壁際の空瓶には気づかないことが多い。ただ、写真を撮る人だけは、ときどき首をかしげる。何でもない裏口のはずなのに、写した画像の瓶の数が、目で見た数より必ず一本多いのだという。

私はもう数えない。

数えてしまうと、その夜の夢の中で、足りない一本がどこから来るのか、続きまで見せられるからだ。暗い木箱の底で、瓶は上を向いて並んでいるのではない。みな、口を開けて待っている。次にぴたりとはまるものが、落ちてくるのを。

この怪談は、実際の写真から着想を得て構成されたフィクションです。

 

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