下りきらない昼

写真怪談

その公園は、昼休みになると近くの会社員がたまに腰を下ろす程度の、小さな空き地みたいな場所だった。
赤いアーチの遊具と、丸い腰掛けがいくつか並んでいて、子どもより大人のほうが、かえって所在なさげに見える。
黄色い柱には、白い字で「UP-DOWN」と書かれていた。

最初に気になったのは、背広姿の男だった。
昼どきになると現れて、いちばん高い丸い座面にしゃがみ込み、膝を抱えるような窮屈な姿勢で、ずっとスマホを見ている。
仕事に疲れて、あえて人目につかない子どもの遊具に身を預けているのだろうと、はじめはそれだけに思えた。

だが、その男の影だけが妙だった。
晴れているのに、影が男の動きと少し合わない。
本人は背を丸めているのに、地面へ落ちた影は、赤いアーチの内側で立ったままこちらを向いているように見える日があった。
見間違いかと思って視線を外し、もう一度見ると、今度はちゃんとしゃがんでいる。
そのくせ、違和感だけが残った。

次の日、男はまた同じ座面にいた。
スマホの画面をのぞき込む首の角度まで、昨日とほとんど同じだった。
ただ、地面に落ちる影だけが、少し深く沈んでいた。
影の膝の位置が不自然に低く、砂地に半分埋まったみたいに見えたのだ。
しかも男が立ち上がって去ったあとも、その影だけが一拍遅れて残った。
ほんの数秒ではあったが、空になった座面の下に、まだ誰かがしゃがんでいるような暗みが消えなかった。

三日目、私はわざと遠回りして公園を見た。
男はいる。
昨日よりさらに低い姿勢で、もはや座っているというより、座面に折りたたまれているように見えた。
背中は丸まり、首は胸へ沈み込み、握ったスマホだけが妙に高い位置にあった。
赤いアーチはその上をまたぎ、まるで大きな肋骨の内側に閉じ込められているみたいだった。

そのとき、男の足元を鳩が一羽、何事もない顔で横切った。
けれど男は顔を上げない。
鳩も逃げない。
それどころか、座面のまわりへもう一羽、さらにもう一羽と降りてきて、丸い腰掛けの上へ順番に乗り始めた。
男を囲むように。
その配置があまりにもきれいで、私は息を止めた。
まるで、最初からそこに座る数が決まっていたようだった。

男がスマホを落としたのは、その直後だった。
膝のあいだから滑った黒い端末が砂地へ落ちたのに、本人は拾おうとしなかった。
おかしいと思って近づくと、男はまだ同じ姿勢のままなのに、座面の上の輪郭が妙に薄い。
陽炎のように、背広の肩先だけが背景へなじみ始めていた。
私は反射的にスマホを拾った。
画面は割れていない。
だが、点いたままのカメラには、こちらではなく、真下からの映像が映っていた。

砂利だった。
遊具の真下の、暗い地面の裏側から見上げたような映像。
丸い座面の裏、コンクリートの脚、赤いアーチの腹。
そして、その隙間に、靴底を上に向けた男の足が見えていた。
男は座っているのではなかった。
少しずつ、下へ引き込まれていたのだ。
座面に腰を掛けたままではなく、その位置を起点にして、公園の「下側」へ落ちていた。

顔を上げると、座面の上にはもう誰もいなかった。

鳩だけが残っていた。
一羽は高い座面に、もう一羽は低い座面に、もう一羽は砂地に降りて、何か見えないもののまわりを避けるように歩いていた。
そのうちの一羽が急に羽を広げた。
驚いて視線を向けた瞬間、地面へ伸びた影が、どう見ても鳩の形ではなかった。
翼の影の先に、四角いものを握った人の手があった。
しゃがみ込んで、まだスマホを見続けている男の影だった。

私はスマホをその場に置いて逃げた。
背中で鳩の羽音が何度も弾けたが、数は多くないはずなのに、聞こえる音だけが妙に重かった。
ばさ、ではなく、服の袖をはたくような湿った音だった。

翌日、気になって昼にもう一度だけ見に行った。
男はいない。
スマホもない。
なのに、いちばん高い座面の真下の砂地だけ、丸くへこんで黒ずみ、誰かが長いこと膝を抱えてしゃがんでいたような跡が残っていた。
さらに、座面の裏に指を入れてみると、ざらついたコンクリートに、新しい擦れが何本もあった。
靴でこすったような筋ではない。
爪でも、石でもなく、硬い長方形の角を何度も押し当てて削ったような傷だった。
スマホの四隅とぴたり重なる幅だった。

それからしばらくして、あの公園の前を通るたび、鳩の数を数える癖がついた。
多い日も少ない日もある。
ただ、赤いアーチの内側にだけは、いつも一つぶん、空きがある。
誰も乗っていない高い座面のところだ。
そこだけ鳩は止まらず、地面の影だけが、昼のあいだじゅう少し深く沈んでいる。

最近では、あの黄色い柱の文字まで気味が悪い。
正面から見ればたしかに「UP-DOWN」なのに、影になった白い字を目で追うと、どうしても先に「DOWN」から読めてしまう。
上がるための遊具ではなく、順番に下へ降ろしていくための器具だったのではないかと思う日がある。

公園の砂地に残るのは、鳩の足跡と、小さな四角い擦れ跡ばかりだ。
けれど、昼のいちばん明るい時間にあそこを撮ると、ごくまれに一枚だけ混じる。
誰もいないはずの高い座面に、背広の膝頭だけが載っている写真が。

この怪談は、実際の写真から着想を得て構成されたフィクションです。

 

タイトルとURLをコピーしました