去年、倒木の危険があると言われて、家の脇のソメイヨシノが切られた。
幹の中心はほとんど空で、切り口の縁には処置の跡らしい小さな穴が点々と並び、外壁のすぐ後ろには、幹に押されたようなひびが一本走っていた。抜根まではしないと聞かされ、切り株だけが春を越した。
花が終わったころ、夕方になると、その空洞の底から、生きた木を切った直後みたいな匂いが上がるようになった。
乾いた日はなおさらはっきりして、腐った匂いではなく、甘く湿った、まだ樹液の残る匂いだった。懐中電灯を向けると、黒いはずの奥にだけ、刃物で撫でたような白い艶が見えた。
翌朝、内側の壁に細い三日月形の新しい木肌が増えていた。
誰かが夜のうちに削ったとしか思えないほど滑らかで、その真下には薄い木屑がひとつまみ落ちていた。掃いても、次の夕方にはまた増えた。しかも切り口の縁に並ぶ小穴のうち、昨日まで乾いていたものだけが、順番に濡れていった。釘穴ではなく、何かを縫い留めるための穴に見えた。
植木屋は、あの桜は継いで残していく木だから、とだけ言った。
詳しいことは話さなかったが、その夜から私は、空洞の奥が下へではなく、後ろの壁へ続いているように見えるようになった。外壁のひびは日に日に黒ずみ、指で触れるとコンクリートではなく、冬の樹皮みたいなざらつきがあった。
一週間後、町内の別の通りで古い桜が一本伐られたと聞いた朝、切り株の内側にはもう一つ、新しい三日月が増えていた。
前の日より高い位置に、まるで別の幹の切断面が内側から押し上がってきたみたいに。背後のひびからは飴色のにじみが垂れ、その表面にだけ、桜の樹皮によく似た横筋が浮いていた。
気味が悪くなって管理の人が空洞をモルタルで埋めた。
これで終わると思った。ところが次の夕方、固まったはずの灰色の面の中央に、楕円のふくらみが一つできていた。硬い蓋の下から、何かが静かに活着しようとして押している形だった。
今もその家の壁のひびは、春のあとだけ少し湿る。耳を当てると、壁の向こうで、木に枝を継ぐときのような、短く鈍い切り返しの音がするという。もう地上には残っていないはずの桜が、あの家を台木に選んだのだとしたら、次に咲くのは、枝先ではなく壁の途中だろう。
この怪談は、実際の写真から着想を得て構成されたフィクションです。

