二階の灯が消えない

写真怪談

住宅街の一角で、古い二階建ての民家が解体されていた。周囲には金属製の足場が組まれ、灰色がかった防護シートが建物を覆っている。屋根はすでに大部分が取り払われ、二階の壁も半分ほどなくなっていた。晴れた日には、かつて部屋だった空間へ青空がそのまま広がって見えたという。

その家は築五十年近くになる木造住宅だった。数年前から空き家になっており、土地の売却に伴って解体が決まったらしい。室内の家財はすべて運び出され、電気やガスも工事前に停止されていた。作業員たちにとっては、特に変わったところのない現場だった。

ただ、二階の壁に一つだけ、白い照明器具が残されていた。

壁付けの小さな灯りで、表面は長年の使用によって黄ばんでいた。周囲の壁はすでに取り壊され、照明の下にあった床も撤去されている。器具が取り付けられた壁だけが細長く残り、その脇には木製の出入口の枠が、空中へ突き出すように立っていた。

異変が起きたのは、二階部分の解体を進めていた午後だった。

作業員の一人が足場から壁の状態を確認していると、白い照明が突然点灯した。ほんの二、三秒ほどだったという。真昼の強い日差しの中だったため、最初は反射光かと思った。しかし、乳白色のカバー全体が内側から明るくなり、その直後、何かが息を吹きかけたように暗くなった。

現場監督に報告すると、電気工事の担当者が呼ばれた。建物への電力供給はすでに止められ、引き込み線も切り離されている。照明につながる屋内配線も途中で切断されており、通電する可能性はなかった。担当者は器具を軽く叩き、異常がないことを確かめたが、その時には何も起きなかった。

翌日、同じ照明が再び点灯した。

今度は三人が見ていた。白い光が壁を照らした瞬間、すぐ横の出入口に、人の影が浮かんだという。頭から肩にかけての輪郭がはっきりしていた。けれど、そこには人が立てる床がない。出入口の向こうは、すでに何もない空間だった。

影は照明が消えると同時に消えた。

現場監督は、足場の外側を誰かが通り、その影が入り込んだのではないかと考えた。しかし、光の当たる方向を調べても説明がつかない。しかも一人の作業員は、影が消える直前、出入口の奥で何か白いものが動いたと話した。布の端のようにも、人の手のようにも見えたらしい。

その日の作業は予定どおり終了した。

翌朝、現場へ入った作業員たちは、二階の周囲に奇妙な臭いが漂っていることに気づいた。古い押し入れを開けた時のような湿った臭いに、何かが腐敗したような甘さが混じっていた。木材の内部が傷んでいるのかもしれないと考え、残った壁や柱を確認したが、特に異常は見つからなかった。

昼前、二階の壁を取り壊す準備が始まった。

足場に立っていた作業員が、例の照明の横を通り過ぎようとした時だった。すぐ背後で、衣服の擦れるような音が聞こえた。振り返ると、壁に残った出入口の向こう側に、女が立っていた。

年齢は六十代とも八十代ともつかない。灰色の薄い寝間着のような服を着て、長い髪を顔の両側へ垂らしていた。顔は異様に白く、頬の肉が落ちている。首は右側へ深く傾き、口が半開きになっていたという。

女は、床のない場所に立っていた。

足元には梁も板もない。身体の下半分は、取り壊された二階の空間にそのまま浮いていた。それなのに女の姿勢は、まるで普通の床に立っているかのように安定していた。作業員は思わず後ずさりし、足場の手すりに背中をぶつけた。

その音を聞いて別の作業員が駆けつけた。女はまだそこにいた。二人目の作業員も、確かにその姿を見たという。ただし、顔を正面から見たのは最初の作業員だけだった。二人目には、長い髪を垂らした女が、白い照明へ顔を寄せているように見えたらしい。

次の瞬間、照明が点いた。

女の顔が、下から照らし上げられた。光を受けても、その目の部分だけは真っ黒だった。女はゆっくりと顔を動かし、足場にいる二人を見上げた。首が不自然にねじれ、顎が肩に触れるほど傾いても、身体はまったく動かなかった。

二人が悲鳴を上げた直後、照明が消えた。

そこには誰もいなかった。

現場監督は作業を中断させ、建物の内部を調べた。誰かが忍び込んだ形跡はなく、足場の出入口にも異常はない。防護シートは四方を囲んだままで、人が通れば金具や布が動くはずだった。何より、女が立っていた場所には、すでに二階の床そのものが存在していなかった。

その日の夕方、土地の所有者へ連絡が入れられた。

解体工事に支障が出ているため、建物の来歴について確認したかったらしい。所有者は、以前その家に高齢の女性が一人で暮らしていたことを話した。女性は長いあいだ二階の部屋で寝起きしており、晩年はほとんど階段を下りられなくなっていたという。

女性が亡くなったのも、その二階だった。

ただし、遺体の発見が遅れたわけではない。病気のため家族が世話をしており、最期も家族に見守られていたという。事故でも事件でもなかった。所有者は、なぜそんなことを尋ねるのかと不思議がったが、現場監督は詳しい事情を説明しなかった。

翌朝、照明器具の撤去が決まった。

作業員が壁へ近づくと、乳白色のカバーが内側から曇っていた。外側に水滴はなく、指で触れても湿り気は感じられない。それなのにカバーの内側には、誰かが口を近づけて息を吹きかけたような曇りが広がっていた。

その中央に、五本の細い筋があった。

指でなぞったような跡だった。しかも、カバーの内側から外へ向かって押しつけたように、表面がわずかに盛り上がっていたという。照明の内部には指を入れられる隙間などない。担当者が確認すると、カバーの固定部分にも開けられた形跡はなかった。

撤去作業は二人で行われた。照明を支える作業員と、固定金具を外す作業員である。器具を壁から離した時、二人とも背後に妙な気配を感じた。

人がすぐ後ろに立った時の、あの圧迫感だった。

振り向いても誰もいない。ところが、照明を持っていた作業員の手首に、冷たいものが触れた。細い指が一本ずつ巻きつき、ゆっくり握り込んでくる感触だったという。手を振りほどこうとした瞬間、照明器具が白く光った。

切断された配線の先から、火花は出なかった。

代わりに、すぐ横の出入口から、女の上半身が現れた。

前日に見た姿と同じだった。ただ、その時の女は立っていなかった。首を傾けたまま、身体を横に倒すようにして、壁の向こうから這い出していた。細い両腕が出入口の縁を掴み、白い顔が空中へせり出してくる。床がないことなど、まるで気にしていないようだった。

女の口が、ゆっくり開いた。

顎が胸元まで下がり、その奥に黒い空洞が見えた。舌も歯も見えなかったという。そこから何かが聞こえたわけではない。ただ、作業員は耳の奥を強く押されたような痛みに襲われ、思わず照明を取り落とした。

器具は足場の床に落ち、鈍い音を立てた。

同時に女の姿が消えた。作業員の手首には、五本の赤い筋が残っていた。細く長い指で強く握られたような跡だったが、指先の位置だけが妙に深く、皮膚が小さくえぐれていたという。

現場監督は、それ以上の調査を行わなかった。

照明器具は回収され、残った二階の壁も予定を変更して重機で撤去された。足場の内側に誰も立たない状態で壁を倒し、木材と石膏ボードを順番に搬出した。女の姿を見た作業員たちは、その日から二階のあった方向をなるべく見ないようにしていた。

数日後、家は完全になくなった。

更地になった土地には、もう柱も壁も残っていない。足場も解体され、防護シートも外された。周囲の住宅街には、以前と変わらない静けさが戻ったという。

ただ、撤去された照明器具だけは、しばらく施工会社の資材倉庫に保管されていた。

カバーに残った五本の筋を調べるためだった。表面を洗浄しても跡は消えず、強く擦ると、傷ではなく樹脂そのものが内側から変形していることが分かった。照明が点いた理由も、内部に指の形が残った理由も、最後まで説明できなかった。

それから一か月ほど経った頃だった。

倉庫の整理をしていた作業員が、例の照明器具を取り出した。棚の奥に、乳白色のカバーを上にして置かれていた。最初は、以前より汚れているように見えただけだったという。

しかし、手に取ってみると、五本の筋の位置が変わっていた。

以前はカバーの中央にあった指の跡が、今は縁の近くまで伸びていた。しかも、一本ずつの筋が外側へ広がり、何かが内側から強く押し開こうとしたように変形している。

作業員は気味が悪くなり、器具を棚へ戻した。

その時、カバーの奥で白い光が一瞬だけ点いた。

驚いて振り向くと、倉庫の入口には誰もいなかった。照明も、いつもの蛍光灯が点いているだけだった。作業員はすぐに倉庫を出て、二度とその器具に触れなかったという。

それから、照明器具は処分されたと聞いている。

ただ、解体工事に携わった作業員の一人は、その話を聞いても安心できなかったそうだ。

女が現れた時の姿を、今でも覚えているからだという。

二階の床がなくなり、壁がなくなり、建物そのものが取り壊されても、女はそこから出てこようとしていた。照明を取り外した時には、出入口から上半身を乗り出すところまで来ていた。

そして、倉庫に保管された照明器具には、内側から外へ向かって伸びる、五本の指の跡が残されていた。

作業員が最後に聞いた話では、その照明器具のカバーには、もう一つ奇妙な変化が起きていたという。

五本の指の跡の少し下に、小さな丸い窪みが二つ並んでいた。

その間には、細く突き出したような膨らみもあった。

まるで、誰かがカバーの内側から顔を押しつけ、外を覗こうとしたような形だったという。

その話を聞いてから、作業員はあることを考えるようになった。

あの女は、ずっと二階にいたのだろうか。

それとも、あの照明の中にいて、壁が取り壊されるのを待っていたのだろうか。

もし後者なら。

照明が倉庫へ運ばれた時、あの女も一緒に、二階から下りてきたことになる。

そして今、その照明器具がどこへ運ばれたのかを知る者は、もういないそうだ。

この怪談は、実際の写真から着想を得て構成されたフィクションです。

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