その年の九月、建物の裏手で除草をしていた作業員が、一本の草の前で手を止めた。
そこは設備会社の人間にも嫌われている場所だった。人ひとりがやっと入れるほど狭く、何本もの配管が通っているため、草刈りも奥まで手を入れず、伸びた部分だけを処理することが多い。ところがその日、割れた樹脂管のあいだから伸びていた細い草だけは、刈ろうとしても根元が見つからなかった。
細く、赤みを帯びた茎だった。根元を探すと地面には続かず、途中で折れた灰色の管の中へ入っている。管から生えているように見えたので、作業員は茎を指でつまみ、軽く引いた。
一メートルほど離れたところで、葉が揺れた。
そこにも同じ草があった。茶色い縦管の割れ目から一本だけ伸び、壁際へ葉を広げている。風はなく、周囲の草は動いていなかった。
作業員がもう一度、手元の茎を二センチほど引いた。離れたほうの茎が、ほとんど同じ長さだけ管の中へ沈んだ。手を戻すと、向こうも元の位置まで出てきたという。
二本の管が地下でつながっているのだろうと考えた。しかし管理図面を確認した担当者は首を傾げた。灰色の管と茶色い管は、そもそも別々の時期に設置されたもので、一方は途中で廃止されている。現在の図面上では接続しておらず、古い工事記録を見ても交わる場所はなかった。
念のため二人で確認することになった。一人が灰色の管側の茎を持ち、もう一人が茶色い管側を押さえた。片方を引けば、もう片方へ明確な力が伝わる。強く引けば指先に抵抗が返り、二人が同時に引くと、張った細い紐を両側から引っ張っているようになった。
問題は、その二本のあいだだった。
地面を掘っても茎はなかった。管の外側にもない。見える範囲をすべて確認したが、草同士をつなぐものはどこにも存在しなかった。
作業員は気味悪がったものの、植物の根か地下茎が想定外の隙間へ入り込んでいるのだろうということになった。茎を二本とも管の入口ぎりぎりで切断し、その日は周囲の草もすべて刈った。切った茎を並べてみると、葉の付き方も太さもよく似ていたが、珍しい雑草には見えなかったそうだ。
翌朝、二本とも元の長さに戻っていた。
前日に切った位置より二十センチほど伸び、葉まで付いていた。切り口が伸びたのではない。新しく出た部分には節が三つあり、それぞれに十分に開いた葉が付いている。一晩で伸びたとしても、妙なのはその色だった。
新しい部分だけ、日を浴びたことのない植物のように白かった。
昼まで置いておくと、その白い茎は少しずつ緑色になった。作業員たちは再び切った。今度は印を付け、管の入口から一センチも残さないようにした。
午後、確認に戻ったときには、もう三センチ出ていた。
そこで設備会社は除草ではなく、廃管そのものを撤去することにした。稼働中の配管には触れず、問題の灰色の管だけ、地上から約四十センチの部分を切り取った。切断した管の内側を覗いた作業員は、そこで初めて作業を止めたという。
草は、管の中を通っていなかった。
中は空だった。
切断面を見ると、樹脂の厚みの中央に緑色の点があった。細い茎が、空洞ではなく管そのものの肉厚の中へ埋まっている。試しに管をさらに数センチ切った。次の断面にも、同じ位置に緑色の点があった。
管を縦に割った。
樹脂の内部から、一本の茎が出てきた。
後から入り込んだような亀裂はなかった。空洞も、細い穴もない。灰色の樹脂が茎の周囲へ密着し、まるで製造時からそこへ植物を埋め込んで成型したようになっていた。しかも茎には途中で葉の付いていた痕跡があり、その部分だけ樹脂の中に葉脈の形をした薄い空間が広がっていた。
施工時の異物混入では説明できなかった。管は十年以上前に設置されている。外へ出ていた草は柔らかい新芽で、切った部分からは透明な汁まで滲んでいた。
その日の作業は中断された。
翌週、問題の廃管は可能な範囲ですべて撤去された。周囲の土も浅く掘り返したが、根らしいものは一本も見つからなかった。他の雑草には普通に根があり、地中へ伸びている。その赤みを帯びた草だけが、どこにも始まりを持っていなかった。
切り取った管の一部は、原因確認のため会社の倉庫へ持ち帰られた。長さ十五センチほどの灰色の樹脂管で、断面の中央に緑色の茎が見えている。数日もすれば植物は枯れるだろうと思われていた。
一か月後も、緑色だった。
水は与えていない。土もない。光の当たらない棚に置かれていた。それでも断面の緑色だけは変わらなかったという。
さらに奇妙なのは、現場に残ったほうだった。
廃管を撤去したあと、開口部には新しい樹脂製のキャップを取り付けた。接着剤で固定し、隙間がないことも確認されている。ところが数日後、そのキャップの表面に、小さな膨らみが現れた。
初めは傷のようだった。それが少しずつ盛り上がり、やがて葉の形になった。
穴は開いていない。
葉はキャップの表面から出ているのではなく、透明感を失った樹脂の奥に埋まっていた。裏側を見ても何もない。それなのに正面から見ると、薄い緑色の葉脈が、樹脂の内部だけに完全な一枚の葉を作っている。
そのキャップも撤去された。
現在、その建物の裏手は定期的に除草されている。あの草らしいものは、それ以来見つかっていないという。赤茶色のガス管も、古い保護材を巻いたまま残されている。
ただ、管理会社には一つだけ決まりが増えた。
草を刈るとき、根のないものを見つけても引っ張らない。
どこへ続いているのかを確かめるためではない。
倉庫に保管されている十五センチの管が、現場で草を引いた日にだけ、棚の上で数ミリずつ動くからだという。
管の切断面に見えていた緑色の点は、今では端まで移動している。
次にどちら側から出るのかは、まだ分かっていない。
この怪談は、実際の写真から着想を得て構成されたフィクションです。

