しょうぶの冠がほどける昼

ウラシリ怪談

しょうぶ湯というのは、こどもの日の頃に、香りの強いしょうぶの葉を湯船へ浮かべて入る風習だそうです。

昔から、邪気を払うとか、無病息災を願うとか、そういう意味があるとされています。葉を湯に浮かべるだけでなく、長い葉を頭に巻くこともあるそうです。そうすると体が温まり、頭もよくなる、などと言われている土地もあるのだといいます。

その人は、五月三日の昼過ぎ、温泉街の古い外湯へ立ち寄ったそうです。

こどもの日を前に、浴槽には束ねたしょうぶが浮かべられていました。六つある外湯で六日まで続く、と入口の紙には書かれていたそうです。湯気の向こうでは、近くの園に通う子どもたちが先に入っていて、そのうち四人の男の子だけが、頭にしょうぶを巻かれていました。

「あったかい」

誰かがそう言った時、その人はなぜか、返事をしそうになったそうです。

湯の匂いは、思っていたより青く、葉を折ったばかりのように強かったといいます。目を閉じると、浴槽のへりに手を置く音がしました。子どもたちの笑い声が、湯気の中で一度だけ遠のきます。

次に目を開けた時、外湯の天井が低くなっていました。

板は黒く煤け、窓の外には、今の温泉街にはもうないはずの細い土道が見えたそうです。昼の光だけは変わらず白く、けれど人の声が少ない。湯船の向こうに、濡れた髪の少年が四人、横一列に座っていました。

全員が、しょうぶを頭に巻いていました。

顔は湯気に隠れて見えません。ただ、そのうち一人が、その人のほうへ手を伸ばしたそうです。小さな手でした。指先に巻きついていたしょうぶの葉が、ほどけながら湯に落ちました。

その葉だけが、湯に沈みませんでした。

水面の上でまっすぐ立ち、まるで誰かの背丈を測るように、すうっと伸びていったそうです。葉の先はその人の目の高さで止まり、そこに、薄い墨で書いたような数字が浮かびました。

五・三。

その人が息をのむと、少年たちの一人が言いました。

「六日まで、帰れんのや」

声は子どものものではなく、ひどく乾いた大人の声だったそうです。

気がつくと、湯船には今の天井が戻っていました。子どもたちは笑っていて、保護者らしい人たちも、何も気づいた様子はありませんでした。ただ、その人の頭には、いつの間にか一本のしょうぶが巻かれていました。

係の人に尋ねても、大人に巻いた覚えはないと言われたそうです。

その人は恥ずかしくなって、すぐに外しました。けれど、葉の内側には、黒ずんだ湯垢のようなものが付いていました。乾かすと、それは文字に見えたといいます。

「四人目」

その人はそれを捨てたそうです。宿へ戻る途中、川沿いの道で、子どもの声が後ろからしました。

「あったかい」

振り返ると、誰もいませんでした。

ただ、川面に映ったその人の頭には、まだしょうぶの冠が残っていました。葉は先ほどよりも古びて、長く垂れ、額のあたりでほどけかけていたそうです。

翌朝、宿の浴衣の襟元から、短いしょうぶの葉が一本出てきました。濡れてもいないのに、そこだけ昼の湯気の匂いがしたといいます。

それ以来、その人は五月五日が近づくと、昼間でもふと、低い天井の湯場を見るそうです。

四人の少年は、いつも向こう側に座っています。

けれど最近は、その横に、もう一人ぶんだけ隙間が空いているのだそうです……そんな話を聞きました。

この怪談は、以下の記事をきっかけに生成されたフィクションです。

「あったか~い!気持ちいい」こどもの日を前に園児がしょうぶ湯 母親たちはわが子の姿を見守る 6つの外湯で6日まで開催 兵庫・城崎温泉|FNNプライムオンライン

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兵庫県豊岡市の城崎温泉で、こどもの日を前に地元の園児たちが「しょうぶ湯」を楽しみました。湯気の立ちこめる湯舟に、ふわりと広がるショウブの香り。頭にショウブを巻いた子供たちの笑顔が弾けます。城崎温泉の外湯のひとつ「まんだら湯」では5日の「こどもの日」を前に「しょうぶ湯」が用意されました。香りの強いショウブで邪気をはらい、子供の健やかな成長を願う風習です。きのうは地元のこども園に通う4人の男の子が招かれました。【子供たち】「あったか~い」「気持ちいい」「あと楽しい」【園児の保護者】「健康に育ってく…

 

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